2013年10月03日

病気の原因とヒーリングの問題

シルバー・バーチの話と私の見解を述べておきたい↓

[ヒーリング・パワー(治癒力)は
われわれ人間のすべてに内在しているという。
しかし何の努力もなしにそのパワーが発揮できる人と、
いくら養成会に通っても一向に発揮できない人がいる。
その違いについてシルバーバーチが説明する]

「人間は本質的には霊ですから、
一人の例外もなく霊的資質が内在しております。
その資質が、ある人においては他の人より
表に出やすい状態にある場合があります。
意識的に開発する努力によってその資質
――“プシケ”と呼んでも“霊能”と呼んでもよろしい――が発現し、
その人間と背後で働く霊団との間の協調性が緊密になります。

と言うことは波動の一体化の次元が高くなり、
精密になり、緊密になるということです。
霊的光波が一つの美しい調和状態にブレンドし、
その次元が頂点に達した時に
霊界の医師団と地上のヒーラーとが完全に一体化します。
その完全な状態に少しでも近づくほど霊団とヒーラーとを通して
使用できる治癒力の次元が高くなり、大きくなり、強力になります」
(これは特に霊的治療家について述べたもので、他の治療法、
例えば磁気療法などには必ずしも当てはまらない――編者)

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これは解説の必要はないとは思うが、
ヒーリングパワーは生体エネルギー(気)なので、
大なり小なり誰もが持っているものである。

また、意識レベルの向上と比例して、
高次元エネルギーが発動するようになるので、
ヒーリング能力も向上することになる。

だが、ヒーラーとして活動していなければ、
霊界の医師団とやらがバックアップすることはないだろう。

私は昔、エネルギーに敏感だったので、
例えば、フォーグを買った時も高エネルギーを感じたが、
今は色々なエネルギーグッズに触れても何も感じなくなった。

鈍感になっただけかも知れないが、
恐らく、エネルギーグッズと同等か、
それ以上のエネルギーが手から放射しているようである。

私は基本的にヒーリングをしない主義だが、
場合によっては、ちょっとしたパフォーマンスとして、
5〜10秒程度で人の頭痛や肩凝りなどを治すこともある。

それくらいできなければ、神社の浄化などはできないだろう。

天翠氏曰わく、神社仏閣は幽界霊の巣窟で、
参拝すると何らかの因縁や憑依を受けるという。
それは私には分かりきっていることだが、
調べてもらうと私には神社仏閣の悪い因縁はなかった。

それも私には分かりきっていることだが、
神社巡りをしていることを話すと、
私が神社に行くだけでも神社が浄化されるとのことだった。

獣のタマヒラキ(666菩薩の降臨)
http://kemono666.seesaa.net/article/274597459.html

grete.jpg

[ヒーリング一般については、ある日の交霊会でこう述べている]

「いかなる方法にせよ、ヒーリングによって治るということは、
まだ霊界へ帰る時機が熟していないことを意味し、身体の苦痛を通して
魂が成長する上で必要な体験が終わったことを意味します。
もとより、霊界入りするまでに体験しなければならないことは他にもあります。
身体の苦しみのみが人間の体験の全てでないことは言うまでもありません。

治療家が患者の痛みを取り除いたり和らげたりすることが許されるのは、
その体験を通して患者の魂に
真の自我に目覚めるチャンスを与えてあげることが出来るからです。
病気を治すということは確かに偉大な仕事ですが、もっと偉大な仕事として、
患者の魂に生命の実感を覚えさせることが出来るのです。
その仕事に比べれば、身体が癒えた時に覚える喜びは大して重要ではありません。

物的身体に宿っている皆さんは今生きている地上生活のことだけを考えます。
それに引きかえて、地上を去った私たちは、
地上生活を無限に続く生活の中のわずかな一時期として捉えます。
皆さんがとかく物を見るその焦点が間違えるのはそのためです。

例えば苦難の渦中にある気の毒な人を見て
同情心が湧くのを覚えるのは当然のことですし、
私はそれを咎めるつもりは毛頭ありません。
しかし、その時のあなたは苦しんでいる姿だけを見て、
その苦しみの中で過ごす時間は、その後に償いとして
得られる喜びに比べれば実に些細なものであることに気づきません。

また、日陰(苦難)の時間の方が日向(安楽)の時間より
長く感じられるようですが、実際はそうではありません。
ただ、病気の全てが治るとは限らないことを知っておいてください。
何事にも法則(摂理)というものが働いており、
患者の中にはいかなる治療家にも治せない人がいるということです。

時機が熟せば、いかなる病気も必ず治ります。
それは、魂にとって死の彼方の生活体験を必要とする時機が至れば、
いくら健康な身体でも魂をとどまらせられなくなるのと同じです。
全ては大霊の摂理で定められているのです。
あなた方もその摂理の一翼を担っているのです。
なぜなら、あなた方自身が大霊の一部だからです。

もちろん借金(カルマ)を全て返してしまえば
一切の苦痛と縁がなくなるでしょう。
身体が完全な健康状態になるからです。
しかし、地上にあってもこちらの世界にあっても、
人間は何らかの借金をこしらえているものです」

---------------------------------------------------------

「ヒーリングによって治るということは、
魂が成長する上で必要な体験が終わったことを意味します」
とのことだが、必要な体験が終わったのなら、
ヒーリングをしなくても自然に治るはずである。

「何事にも法則(摂理)というものが働いており、
患者の中にはいかなる治療家にも治せない人がいる」
とのことだが、これはカルマの法則のことである。

サイババも人々の病気治しをしていて、
「人々のカルマを溶かすことができる」と言っていたが、
カルマによって治せない病気もあるとも言っていた。

『日月神示』には次のように示されている。

「邪道的要求を容れて一時的に病気を治すと、
それに倍してブリ返すぞ、この呼吸大切」

「信仰を得て霊的に病気を治すのは、一瞬には治らんぞ。
奇跡的に治ると見るのは間違い。迷信ぞ。
時間もいり手数もいる。物も金もいる。大き努力いるのであるぞ」


また、
「治療家が患者の痛みを取り除いたり和らげたりすることが許されるのは、
その体験を通して患者の魂に
真の自我に目覚めるチャンスを与えてあげることが出来るからです」
とのことで、病気を治すことは偉大な仕事だと言っているが、
『日月神示』には次のように示されている。

「奇跡を見せ、病気を治してやるのもよいのぢゃが、
それのみによって改心を迫ってはならん。
それのみで道を説いてはならんぞ。
そんなこと位でマコトのホッコン改心が出来るならば、
人間は遠の昔に改心して御座るぞ」


「日向は病を治す御役ざぞ」

私は日向族ではないから病を治す役目はないということではないが、
他者の病気を神霊エネルギーなどで治すという使命感が全くない。

『日月神示』にも示されている通り、
私は次のことこそが最も重要だと思っているし、
そのことを伝道することこそが偉大な仕事(真の奉仕)だと思う。

「病も不幸もその者に、とりて何かの意味があり、
それを契機に神の道、人の生きたる正道を、思うことのみ必要ぞ。
思えば他人に頼らずも、己で己の病消し、不幸を変えてゆけるのぞ」


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質疑応答
[まずシルバーバーチが病気の原因について語る]

「物的身体と霊的身体とは密接につながっております。
両者は絶え間なく反応し合っております。
物的身体はその存在自体を霊的身体に依存しておりますが、
霊的身体は物的世界での顕現を物的身体に依存しております。
つまり霊的身体の成長を法定づけるのは、物的身体を通して得られた体験です」

――物的身体はエーテル体を原型としているのでしょうか。

「そうです」

――すると病気になった時に治療するのはエーテル体の方でしょうか。

「それが全ての霊的治療の原則です。
必ずしもそうでないこともあります。
時には純粋に物的原因によるものがあり、
そこに医学の入る余地があるのですが、
物的身体に影響を及ぼすものは霊的身体にも影響を及ぼし、
同様に、霊的身体に影響を及ぼすものは物的身体に影響を及ぼします」

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「物的身体と霊的身体とは密接につながっております」
ということからも、食事内容の重要性が分かる。

また、物的身体はエーテル体を原型としている為、
病気になった時にエーテル体の方を治療するのが、
全ての霊的治療の原則とのことだが、これはその通りである。

人間は「霊体一致」の存在だが、基本原則は「霊主体従」である。
エーテル体の病気(感情や想念)を浄化することで、
結果として肉体の病気が治るのである。

その治し方だが、ヒーリングなどによって、
高次元エネルギーでエーテル体の病気を治してしまうと、
「ぶり返す」ということが『日月神示』に示されている。

それはカルマの法則を無視して、
エーテル体が病気になった原因を解決していないからである。
エーテル体とは幽体(潜在意識)のことなので、
内観や言霊などで潜在意識を浄化することが大切なのだ。

できることなら、内観を深めて原因となっている想念に気づき、
理解をすれば完璧である。

「物的身体はエーテル体を原型としている」
ということについて、先日、「魂の故郷」で検索すると、
「魂の故郷」というサイトが出てきて、次のように書かれていた。

「エーテル体とは肉体の鋳型であり設計図です。
肉体のどこかに病気を持つという現象は、
まずエーテル体のどこかが悪くなることから始まります。
そしてそれは、アストラル体のところに溜まった感情に起因します。
さらにそれはメンタル体の想念が作り出したものです。
最終的には、その上のコーザル体で全ての原因を作り出しているのです。
ですから、肉体や現実の環境を変えようとしたいならば、
コーザル体のところまでアクセスして、
原因となるものを変えるというのが正しいやり方です。
いま、三次元から五次元にかけての壁が薄くなってきています。
これからますます薄くなり、
私たちは高次元から情報をもっと受け取りやすくなります。
と同時にそれは、ネガティブな感情や想念を持つとそれが即反映され、
自分に跳ね返ってきやすくなるということでもあります」


「エーテル体は肉体の鋳型であり設計図」というのは、
シルバー・バーチの話と同じだが、
肉体の細胞がどんどん入れ替わっているのに病気が治らないのは、
エーテル体に原因があるということになり、
DNAにその情報が書き込まれているということになる。

「最終的にはコーザル体がすべての原因」
とのことだが、確かに5次元は「原因の世界」である。

それが3次元の「結果の世界」に投影されているのだが、
3次元の病気や不幸や戦争などの原因が
5次元(コーザル体=魂)で作られているわけではない。

また、霊体であるメンタル体やアストラル体の
感情や想念が原因でもなく、あくまでも、
幽体であるエーテル体の感情や想念が原因なのである。

それが「潜在意識」なのだが、それが肉体意識に顕れたのが、
人間が自覚する顕在意識(感情や想念)なのだ。

つまり、人間が自覚する感情や想念は「結果」なので、
その感情や想念を浄化したり解放したりしても、
潜在意識を浄化しなければ根本的には何も解決しないのだ。

「私たちは高次元から情報をもっと受け取りやすくなります。
と同時にそれは、ネガティブな感情や想念を持つとそれが即反映され、
自分に跳ね返ってきやすくなるということでもあります」

とのことだが、それは確かにそうである。

たびたび書いていることだが、
潜在意識が浄化されると高次元と繋がるようになる反面、
ネガティブな感情や想念を持つと
即反映されて自分に跳ね返ってくるようになる。

私はよく「怒ったところが想像できないけど怒ることある?」
というようなことを聞かれる。

私は怒ることも悲しむこともないが、
爬虫類脳(原始的な条件反射)によって、年に2度か3度ほど
イラッとしたり不愉快な気持ちになることがあり、
その瞬間に頭痛がしたり、頭やスネをぶつけて怪我をする。

宗教的にはそれを「天罰」と言うが、要するに、
意識進化の脱線を知らせる信号のようなもので、
潜在意識の浄化が進めば進むほど、
少し悪想念を出しただけですぐに跳ね返ってくるようになる。

もし私が激しい怒りの念などを発したら、
その瞬間に心臓発作が起きたり、
車に轢かれたりして死んでしまうかも知れない(笑)

そこで、もし私が死んで悲しむ人がいたらそれも悪想念だが、
この話は長くなるので別の機会に話そう。

ちなみに、私は真我の意識で常に自我の意識を監視している為、
すぐに気づいて反省するので、
そんなすぐに天罰を下さなくてもいいと思うのだが……^^;

鋳型については以下の記事も参照して頂きたい↓

人間界は幻影である
http://jinja-bukkaku.seesaa.net/article/184980488.html

健全な幽体とは浄化された潜在意識のことである。
hous_ttl02_k8_002R.png

それではシルバー・バーチの話の続きを見ていこう↓

――すると必ずしもエーテル体を治療する必要はないということでしょうか。

「必ずしも必要ではありません。要は原因がどこにあるかによります。
霊体に原因があれば霊体を治すことによって肉体の病気も治ります。
が、純粋に肉体的原因から生じているのであれば、
霊的手段よりも物的手段の方が効果が出やすいでしょう。

あなたは今この時点ですでに一個の霊的存在です。
しかし、あなたの存在を表現する時は
霊的身体と同時に物的身体を用いているのですから、
物的世界の感覚を受けとめるには物的身体の世話になっているわけです。
地上世界で起きていることは全て物的身体に反応し、
それがさらに霊的身体へと反応します。

同じように、霊的身体に反応したことは全て物的身体にも反応します。
そうしたエネルギーの作用と反作用が絶え間なく発生しているのです。
物的・精神的・霊的の三種類のエネルギーが
絶え間なく交錯しているということです」

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さっきの話では、
「病気になった時にエーテル体の方を治療するのが全ての霊的治療の原則」
とのことだったが、今回は「必ずしもそうでないこともあります」という。

例外があるなら「全て」ではないではないか(笑)

「物的身体に影響を及ぼすものは霊的身体にも影響を及ぼし、
同様に、霊的身体に影響を及ぼすものは物的身体に影響を及ぼします」

後者は前述の通り、エーテル体が原因で肉体に結果として顕れるということだが、
前者は肉体が原因でエーテル体に結果として顕れることもあるということである。

人間は「霊体一致」なのだから、
肉体と幽体が互いに影響を与え合っているのは当然のことである。

それはシルバー・バーチ自身も言っていることだが、だとしたら
「純粋に物的原因によるものがあり、必ずしもエーテル体を治療する必要はない」
というのは間違っているのではないだろうか。

「要は原因がどこにあるかによります」とのことだが、
純粋に物的原因による病気や怪我だったとしても、
それも因果律で決まっていることである。

即ち、「結果の世界」である3次元の人間界で起こる現象の全ては、
幽体(潜在意識)が投影していることなのだ。

例えば、怪我や火傷をするのは物理的な現象で「純粋に物的原因」だが、
怪我をしたり火傷をすることは幽体(潜在意識)が投影したことである。

もちろん、幽体が怪我や火傷をした結果として
肉体が怪我や火傷をするというわけではないが、
原因は幽体(潜在意識)にあるわけである。

場合によっては憑依霊の仕業であることもあると思うが、
それも自分の幽体意識と波長が合った結果に過ぎない。

そして、本来はその怪我などの現象として顕れることにより、
カルマが解消されるのだが、その時の「痛い」という感情や、
「怪我をした」という認識、「ツイてないな」という思考が、
新たなカルマとなって潜在意識にインプットされ、
再びそのような現象を引き起こす(映し出す)のである。

それを言霊で浄化することを、
ホ・オポノポノでは「記憶のクリーニング」という。

もちろん、自分の怪我や病気だけではない。
自分が生きている世界(自分の潜在意識が投影している世界)
に存在する他者も、自分の潜在意識が投影しているものである。

従って、他者の怪我や病気もすべては、
自分の世界では自分の潜在意識が映し出していることであり、
他者の怪我や病気も「記憶のクリーニング」をする必要があるのだ。

つまり、他者の怪我や病気を知らされたり見せられたりしたら、
それは自分に原因があるので、その原因である記憶
(潜在意識)を浄化する必要があるということである。

また、自分が生きている世界(自分の潜在意識が投影している世界)とは……
この「現実の世界」だけではなく、寝ている時に見る「夢の世界」もそうである。

夢はもう1つの現実であり、夢と現実という二元的な考え方は捨てるべきである。

夢と現実の区別がつかないと言ったら、
心理学的には精神障害と診断されると思うし、
実際に精神障害によって夢と現実が混乱することもあると思う。

だが、それとは違って、意識進化が進むと
夢と現実を区別しないようになってくるものである。
実際に私も、夢だったのか現実だったのか分からない時がある。

いずれにしても、夢の多くは忘れてしまうので、夢日記を書いて、
夢の中の出来事も内観して、夢の中での感情も浄化する必要がある。

また、夢日記を書いていると一定のパターンに気づくが、
それは潜在意識が示してくれる自分の思考や感情のパターンであり、
それに気づくことは、内観をする上で非常に重要なことである。

アンリ式「夢日記」と睡眠時間の短縮法
http://world888.seesaa.net/article/178061416.html

オポノポノ.jpg

――伝染病の病気は純粋に物的原因によるのでしょうか。

「そうとは限りません。病気には物的原因ではなく
霊そのものから発しているものもあります」

――例えばどんな原因でしょうか。

「利己主義、どん欲、金銭欲といったものです。
イエスが「あなたの罪はもう許されましたよ」と
(癒された患者に)述べた話はご存じと思いますが、
病気の原因には物的なものと霊的なものの
二種類があることを知らなくてはいけません。
両方とも同じ方法で治すことができますが、
物的な方法の方が容易なケースもあります。

ただ、霊的身体が病むとか物的身体の病気の原因になると表現しましたが、
霊的身体そのものが実際に病気になっているわけではありません。
物的身体との調整がうまく行っていないというだけのことです。
それがバイブレーションを乱し、物的身体との関係の阻害の度が過ぎると、
物的身体に病気が発生するということです。
怒りを抱くと脾臓を傷めますし、嫉妬心は肝臓を害します。

そうしたものが原因となって調整不良が生じるのです。
それまでしっくり行っていたバランスが崩れて調和が乱れます。
その崩れ方があまりにひどいと霊体が肉体を通して
その表現が不可能になり、死が生じます」

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『七つの燈台の点燈者の神示』には次のように示されている↓

「汝ら天地一切のものと和解せよ。
天地一切のものとの和解が成立するとき、
天地一切のものは汝の味方である。
天地一切のものが汝の味方となるとき、
天地の万物何物も汝を害することは出来ぬ。
汝が何物かに傷つけられたり、黴菌や悪霊に冒されたりするのは
汝が天地一切のものと和解していない証拠であるから省みて和解せよ。
われ嘗て神の祭壇の前に供え物を献ぐるとき
先ず汝の兄弟と和解せよと教えたのはこの意味である。
汝らの兄弟のうち最も大なる者は汝らの父母である。
神に感謝しても父母に感謝し得ない者は神の心にかなわぬ。
天地万物と和解せよとは天地万物に感謝せよとの意味である」


つまり、物的原因である伝染病に罹ったとしても、
それは不調和な想念が原因で、その想念の原因は潜在意識にある。

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――片腕を失った場合、それはエーテル体にどういう影響を及ぼすでしょうか。

「直接の影響はありませんが、肉体の腕が欠けたことによって、
エーテル体の腕としての機能を果たせなくなります。
だからといって取り返しのつかない事態になるわけではありません。
埋め合わせは必ずできます。
ただ、そのためには色々な要素を考慮しなければなりません。

人間は物的身体と霊的身体、そして両者を結びつける生命の糸、
この三つの要素から成り立っています。
病気や虚弱や老化が物的身体をむしばみ、
霊的身体との調和が崩れはじめます。
それは霊体が肉体から離れるための自然な成り行きです。
病気にも純粋に肉体的のものと精神的なものと霊的なものとがあります。
腕の骨折は霊的治療でも治せますが、物的処置の方が簡単でしょう」

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片腕を失うとエーテル体の腕としての機能を果たせなくなるという。
では、両腕を失った場合はどうなのだろうか(笑)
また、両腕と両足を失ったらダルマである(笑)

それは冗談として、
エーテル体の腕としての機能を果たせなくなるのは、
肉体を持っている間だけではないかと思われる。

丹波哲郎によると、霊界では五体満足になるという。
スウェデンボルグの話でも、
首を斬られた死んだ霊と精霊界(中界)で話をし、
「首を斬られて死んだはずなのに」と言って、
首に手を当てて何日も考え込んでいたという。

だが、幽界には腕や脚のない霊たちもいる。
肉体の腕や脚を失っても、幽体の腕や脚はなくならないはずなのに。
恐らく、腕や脚を斬られたという強烈なショックや恨みの想念が、
腕や脚の無い幽体を作り出しているのではないかと思われる。

まぁ、日本の幽霊絵図には足が描かれていないが(笑)

そのような幽界霊が人間界に転生した場合、
腕や脚に障害を持って生まれてくるか、
腕や脚を切断しなければならない病気になったり、
腕や脚を事故などで失ったりする可能性がある。

自分が今後そうなるとも限らないので、
常に潜在意識の浄化に努めるて、未然に防ぐことが大切なのだ。

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――同じ原因で病気になりながら、一方は治療家によって治り、もう一方は
(治療家との縁がなくて)治らないというのは不公平ではないでしょうか。

「あなたは病気になった人が霊的治療家のところへ行くのは
偶然のしわざだと思っておられるのですか。
偶然というものはあなた方の世界にも私たちの世界にも存在しません。
断言します――大霊の摂理は完ぺきです。
そのうちあなたも摂理の働きをつぶさに理解して、私と同じように、
その完ぺきな摂理を生み出した完ぺきな愛の存在に気づいて、
驚異の念で陶然となることでしょう。

誰しも――この私も含めてのことですが――暗闇の中で模索し、
時たま光を見出し、摂理を洞察し、驚異の念に打たれます。
しかし、暗闇の中にいて摂理の存在に気づかない時は、
偶然とか偶発の出来事であると考えたがります。
が、改めて申し上げますが、偶然というものは存在しません。

では自由意志はどうなるのかとおっしゃるに相違ありません。
お答えしましょう。人間にも自由意志はあります。
しかし、自由のつもりでいても、それはその段階での
魂の進化の程度に支配されているのではないでしょうか。
自由とは言っても魂の成長度によって規制されているということです。
宇宙を支配している法則によって縛られているといってよいでしょう。
いかに巨大な星雲であろうと、極微の生命体であろうと、
その法則から遁(のが)れることはできません。
何一つ遁れることはできません。大霊の摂理は完ぺきなのです」

---------------------------------------------------------

「人間には自由意志が与えられている」とよく言われているが、
私は「人間に与えられた自由意志は自我のことである」と説明している。

それは良い意味でも悪い意味でもあるが、本質的に良し悪しはなく、
「進化を選択するか堕落を選択するか」という自由意志でもあるが、
どのような想念を出すか、何を選択するかも、初めから決まっている。

この現象界は、潜在意識(フィルム)が投影されたものだからであり、
本当の意味では人間には自由意志はないとも言える。

もっと言えば、魂の意志こそが「真の自由意志」であり、
自我に囚われていてる限り、
魂の自由意志が人間を通して発露できないとも言える。

シルバー・バーチが説明しているのは、そのようなことである。

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―― 一卵性双生児が同じ病気になり、医学では不治と宣告されたとします。
その場合でも、二人ともそちらのエネルギーで治せますか。

「私にはどちらとも断言できません。
痛みを和らげたり病気を完治させたりする
霊的エネルギーが存在することは事実ですが、
それが効力を発揮するには、
その通路となる治療家の適合性が問題となります。
現段階の地上界では、大霊の最高の治癒エネルギーは使用できません。
治療家が霊的に向上するにつれて、
より高いレベルのエネルギーが使用できるようになります。
霊界の問題であると同時に地上界の問題でもあるのです。
詮ずるところ我々はみな媒体に過ぎません。
この霊媒(バーバネル)の背後に私がいるわけですが、
私の背後には私より霊格の高い霊が何人も控えており、
その霊たちの背後にはさらに格の高い霊が控えており、
その連鎖は無限の彼方にまで延びているのです」

---------------------------------------------------------

私にもどちらとも断言できないが、普通に考えて、
一卵性双生児は明らかにツインソウルであり、
同じ病気になったり似たような運命を辿ったりする。

同じ魂なのだから、当然ながら性格も同じようになり、
同じカルマを共有していることになるので、
どちからが霊的エネルギーで病気が快癒するなら、
もう片方も霊的エネルギーで病気が快癒するはずである。

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――遺伝性の病気は神の公正の原理と矛盾しませんか。

「地上へ生まれ出る時に授かる身体は、授かるべくして授かったものです。
前世の中身に照らして相応しいものを携えて新たな地上生活を始めるのです。
ですから、遺伝性の病気をもって生まれたからといって、
それを不利と見るのは間違いです。当人の霊的進化にとって
必要な人生を送らせるような身体を授かっているのです」

――霊的治療でも治る人と治らない人がいます。
魂の進化という観点から見て両者は質的に異なるからでしょうか。

「そうではありません。地上を去るべき時機が到来したら、
いかなる治療家もそれを阻止することは出来ません」

――でも、治療家の世話にならなかったら
もっと早く死んでいたと思えるケースがあるようですが……。

「数日とかそこいらの話です。
永遠の生命に照らしてそれがどれほどの意味があるのでしょう?」


これらのことに関しては私は異論はなく、
そのままの意味なので解説の必要もないだろう。

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――すると霊的治療そのものが不要ということになりませんか。

「それは違います。なぜなら、人のためになることをすることは
大霊の心を顕現させることになるからです。
病気の多くは必ずしも魂の進化の低さのせいではありません。
単に無知から大霊の摂理に反することをしたからに過ぎないものがあります。
それは、魂の進化の程度がその摂理の存在を理解する段階まで
到達していないためであるという観方もできます。
魂の進化が進んで完全に摂理にのっとった生き方ができるようになれば、
病気はしなくなります」

------------------------------------------------------------

これは先ほど出てきた話と同じである。
改心のキッカケを与えるパフォーマンスとしてはヒーリングも良いが、
ヒーリング行為そのものが本当の意味で人の為になるとは思えない。

シルバー・バーチも、
「魂の進化が進んで完全に摂理にのっとった生き方が
できるようになれば、病気はしなくなります」
と言っている通り、それに導くことこそが真の救済である。

私は人のガンなど難病を治した経験はないが、
小学生の頃から神霊術の修練をしていていたので、
ある程度の神霊治療(ヒーリング)は出来るし、
もしかすると今だったら高度なヒーリングもできるかも知れない。

ヒーリングではないが、2年前の年末に聖母の様子が酷かったので、
一瞬だけ聖母にエネルギーを送った途端に私に症状が移って、
本当に酷い目に遭って苦しむことになった。

恐らく、エネルギーで治してはいけないカルマがあったから、
病気そのものが治癒するのではなく私に移ったようである。

あれは脳梗塞だったのではないかと思うのだが、
もし聖母だった死んでいたかも知れないので、
私が身代わりになることも決まっていたとしか思えない。

その時のエピソード↓
http://kemono666.seesaa.net/article/242596805.html

先ほど、ヒーリングは方便としてなら良いと書いたが、
私にはそのような使命感は全くないとも書いた。
イエスやサイババは方便としてヒーリングをしていたが、
釈迦がそのようなことをしたという記録はない。

私もヒーリングや神霊治療による他者救済はしない主義だが、
ルキアスエネルギーを習得して他者救済に役立てたいと思う。

目的は、内観や食事改革の指導の為のパフォーマンスだが、
8月8日の記事で次のように書いた↓

ルキアスエネルギーとは、50万円くらいで伝授してもらえるのだが、
単なるヒーリングや浄霊といったレベルではなく、
自動骨格矯正&ストレッチ、ライトボディ復活&覚醒&カルマ消滅、
そしてアセンションに導くエネルギーだという。

そのセッションを受けると、未浄化の霊に憑かれることもなく、
存在するだけで周りを浄化する存在となり、
自宅や自宅が在ります地域も浄化していく存在となるらしい。

私が未浄化の霊に憑かれることは有り得ず、
存在するだけで周りを浄化することは、
天翠氏やヤタガラスや知人の霊能者も認めていて、
カルマ解消や真我の覚醒も実現している。

だが、他者にエネルギーを送ることによって、
自動骨格矯正&ストレッチ、ライトボディ復活&覚醒&カルマ消滅、
そしてアセンションに導くなどという力は持っていない。

何とかその力を手に入れたいと思っている。
いや、過去完了形で「既にその力を手に入れた!次!」。

そのセッションを受けると、
早い時期に肉体の削除ができるかも知れない(笑)

打ち上げ花火と夢叶サミット

http://new-mu.seesaa.net/article/371413694.html

降臨_1~1.JPG


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