2013年10月18日

ZEROの手相

魔界タワーでコンピューターの手相占いをした。

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占い師が観たわけではないので、正確とは言えないが……。

私の手相の型は【常識的堅実型78&%】
【行動的社交型12%】【転載的創作型10%】らしい。

「考え深く、何事に対しても、冷静に対処する性格です。
想像力が発達した人で、企画面や考え出す力の豊かさを
その方面に活かすことで、かなり運命が上昇する。
夢が高くなりやすいので現実をわきまえた生活が必要です。

・・・アドバイス・・・

理想とプライドの高い人なので、
周囲から冷たい人として見られがちです。
友達の意見など聞き入れる寛容な精神が必要です。
将来は、美的感覚に優れているので、
美術、音楽、文学などに進むことが大成の道なようです」


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この診断結果をもとに自己分析すると、考え深く、
何事に対しても冷静に対処する性格というのは当たり。

但し、一般的な意味の「考え深い」とは違う。
つまり、左脳の思考ではないということである。

もちろん、人間の思考は左脳の働きなので、
左脳を全く使っていないということはない。
右脳と左脳が統合したシータ波状態の「ネオデジタル思考」である。

古今東西の聖者たちは、悟りに至る為に「思考停止」を説いているが、
オコツトは「思考によって悟りに至る」と言っている。
矛盾しているように思うかも知れないが、実は矛盾していない。

私の解釈によると、オコツトは空間認識の変容が悟りだという。

確かにその通りで、
私も「内外反転」という一種の空間認識の変容で悟りに至った。
もちろん、アセンションに向けての初期の悟りに過ぎないと思うが……。

だが、左脳でどれだけ思考しても「空間認識の変容」は起こらない。
「空間認識」というのは右脳が司っているからである。

故に、左脳停止(思考停止)が必要で、
その為に聖者たちは瞑想するのである。

しかし、実際には、思考停止(シータ波)の状態というのは、
右脳と左脳が統合して活性化し、全脳がフル回転している状態なのだ。
即ち、「ネオデジタル思考によって悟りに至る」と言えるだろう。

私に「空間認識の変容」が起こったキッカケは、
啓示によってピラミッドの謎を解き、
数学的に5次元の入口を発見したからである。

それは紛れもなく思考(左脳)によるものだが、
明晰夢の状態だったので脳波は確実にシータ波だったことになる。

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私は「思考・感情=自我」と定義し、それを無くすことを説いている。
私に限らず、古今東西の聖者たちも同様のことを説いているが、
それはそのようにしか表現できないからである。

自我を照明すれば、肉体意識としての思考や感情は停止する。
それは、死んだ人のことを考えれば分かると思う。

死んだ状態が、いわゆる「思考停止」の状態だが、
それと同時に「幽体意識」が覚醒する。
そして、幽体の自分にも思考や感情はある。

つまり、肉体の脳は、幽体意識(幽体の思考)の受信器なのだ。
一方、感情は心臓が受信器となっていると思われる。

左脳は「顕在意識」だが、右脳は「潜在意識」を受信(投影)し、
それを間脳や左脳に伝達する器官だと考えられる。

幽体の自分の思考が右脳に投影され、
それが左脳に伝わっているのだが、
左脳偏重の場合、「感覚」までは左脳に伝達されない為、
左脳(自我)が暴走しているのである。

この「自我」という言葉も実は、
人に分かりやすく説明する為の1つの表現である。
自我というのは、自分を「自分」と認識する意識のことである。

幽体意識(4次元意識)にも自我はあり、
霊体意識(5次元意識)にも自我はあり、
魂の意識(6次元意識)にも自我はある。

「自分」という意識はなくならないので、
その意味では自我はなくならないのである。

ただ、肉体意識(3次元意識)と幽体意識(4次元意識)の自我は、
自分と他者を別の生命体だと認識している為、
その分離観念によって真理を悟ることができないのだ。

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霊体意識(5次元意識)になると、
「天人合一」の世界である魂の意識(6次元意識)が半覚醒し、
「自他一体」の認識が生まれるが、
まだ完全には「自他一体」ではない為に、
霊体という「個体」の姿を持っているのである。

姿形のない魂だけの6次元意識になると、
宇宙と一体化して「宇宙=自分」、
すなわち完全なる「自他一体」となるが、
自分という意識(自我)は保っているのである。

さて、5次元は6次元の投影だが、
まずはこの5次元の意識に目覚めることが課題である。

自分の霊魂は、この5次元の世界に存在する本体の霊魂
(トータルセルフ)の分霊(投影)である。

5次元でも未知の世界だと思うが、
5次元以上の未知なる世界のことは無視して、
まずはこの5次元の意識に目覚めることである。

私は宇宙は13次元構造だと思っているが、
そうすると真我は13次元であり、
それ以下の次元は全て投影ということになるが、
とりあえず今の我々にとっては5次元の意識が「真我」で、
3次元の意識が「自我」だと考えればよい。

4次元の意識はそれを媒介する幽体(潜在意識)である。
従って、この3次元の肉体と4次元の幽体(潜在意識)を
浄化することが大切なのだ。

先ほど、4次元の幽体にも思考や感情があると言ったが、
もちろん5次元の霊体にも思考や感情があり、
5次元は「実在領域」で、3次元はその「投影」である。

つまり、5次元の霊体の思考や感情が
3次元の自分に投影されているのだが、
その中間に4次元の幽体(潜在意識)が存在する。

その汚れたフィルターを通す為に、
5次元意識(真我)のメッセージ(思考や感情)が
3次元意識(自我)に正しく伝達されないのである。

従って、食事改革で肉体を浄化し、内観で幽体意識を浄化して、
思考停止の状態(このようにしか表現できない)になれば、
5次元意識の思考や感情がそのまま肉体脳に伝わるのである。

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5次元意識(真我)というのは、
3次元意識(自我)からすると、空間認識が反転している。

私は人に分かりやすく
「真我に目覚めると内観反転する」と言っているが、
真我の私からすると「自我が内外を反転して認識している」のだ。

つまり、人間が「外側」として認識している世界こそが、
人間の「内側」の世界なのである。
実際にそうなのかは分からないが、
そのような認識なので、そのような表現しかできない。

それによって、この世が投影(一種の夢)であることが分かり、
それが私の言う「真我の半覚醒(悟り)」である。
この意識状態を日常的にキープできれば、
生きながらにして輪廻を解脱したも同然である。

だが、これも一表現であり、その状態になってこそ
「本当に生きている」と言えるのだが、
自我からすると「死んでいるに等しい」状態で、
「生死」を一元的に捉えることができるのである。

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「生きながら死後の世界へ」
http://kemono666.seesaa.net/article/266123183.html
に載せて、度々、引き合いに出しているが、
以前ヤタガラスから次のようなメールが届いた↓

「死者がなぜ あなたに親和するのか…
なぜ 私のアプローチが 死者の側からなのか…
死者は なぜ 私を選び出し 現実にとことんまみれさせ
その上で あなたにたどり着かせたのか…
解る気がします
なぜ 閣下なのか…が
あなたしかいない
私は死者が好きよ。
生者は 嘘をつくし コロコロ変心する。
けど 死者の無念は永遠で それだけを叶えてあげれば喜んでくれるし
その人の起こせなかった可能性未来を 私に与えてくれる。
生者は 平気で約束を破るけど 死者は必ず守る。
その死者意識のコキュートスで 閣下にあったのに
あなたはなぜか 死者意識を無視しようとする。
その不調和音が不思議でした。
それは 閣下の未熟さか と考えられなくもないけど
あなたは恐ろしく完全な方です。
守ってるのですか?
そして その贖罪の道を
誰からも理解される事を期待せずに 歩んでいたのですか?」


私は以下のようにコメントをした↓

死者意識を無視しているのではなく、
私はそれを自分の潜在意識として捉えている。
私の定義では、潜在意識は幽体の意識だが、
死者も幽体なので、それを総称して「集合的無意識」と呼ぶ。

「全ては自分の投影であり、全ての原因と責任は自分にある」
と言っているが、その「自分」とは集合的無意識のことで、
その中には、現存している人類の意識も含まれており、
自他一体だから「一切は自分」なのである。


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次のようなメールも届いた↓

「誰も死を理解していない。
誰も愛を理解していないように。
愛を理解せずして 死の意味を理解する事はない…
それほど 私は単独で無防備でした。
傷を低俗な世間にさらしたくないから 強気で駆け抜けて生きてきた。
私の愛を解る人間は私の周りにはいない。
解っている人間は それ故に沈黙して また自分なりの愛を守っている。
だから 閣下の愛の深さが解るのです。
愛を表現するのと 守るのは この世においては向きが逆です。
その両義を完成させたいなら 黄金太陽の図形を取るしかないのでしょう。
自己完結した黄金太陽…でも 開かれてはいない…」


私はこのようにコメントした↓

愛を理解するのと死の意味を理解するのは同じである。
「死とは何か」は、真我(愛)に目覚めた時に理解できるからだ。


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次のようなメールも届いた↓

「閣下のような考え方には 一般人は立つ事はできません
理解していても 立つ事はできないのです
生きながら死ぬ事はできません
死んだに等しい状態に感じる事はあっても
それを苦しみはしても楽しくはありません
耐えきれない場合は 自殺を考えます
閣下は その相反する自分を 合一として受け入れています
これは一般人には不可能です
思考の分裂は 精神の破綻へと繋がります」


私はこのようにコメントした↓

確かに私は特殊な思考回路を持っている事を自覚しているが
私のような考え方には立つ事ができないのは、
端的に言えば、真我に目覚めていないからだと言える。
生きながら死ぬ事ができないのも、真我に目覚めていないからである。

「一般人には不可能です。思考の分裂は精神の破綻へと繋がります」
とのことだが、それを可能とするのが自己発見(真我覚醒)であり、
その為のハイパーネオデジタル内観であり、
このブログに人生を費やしているのも、その為だけである。
人類のアセンションとミロクの世の実現、それ以外に獣の目的はない。


それをZERO用語で「世界征服」という。
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以下のような文章も載せていた↓

現世は単なる現象(結果)の世界であり、非現実の幻影に過ぎない。
それは事実なのだが、現世を軽視して言っていることではない。
人は現世を現実だと錯覚し、
自分という人間の肉体や心を実在だと錯覚しているところに、
様々な不幸や苦悩があり、
戦争や天変地異にも繋がっているということを説いているのだ。

「人間にとって必要なのは現界に生きる事」とのことだが、
人間界に生まれてきたということは、
文字通り、現界に生きることが必要なのだが、
それによって「真我に目覚める」ということが目的なのだ。

故に、獣は現界を否定しておらず、それは
「あなたはただ生きるという事にひたむきです」
とも言われている通りである。
PCに転送前に間違って消去してしまったが、
「あなたはこの世に生きていないと感じています」
というメールもあったが、決して矛盾はしていない。

魂の意識で生きているので、肉体の意識では生きていない。
肉体意識(自我)は現象界を投影の世界として傍観し、
魂の意識(獣の意識)は自我を観察すると同時に、実相の神界を観ている。
つまり、この世には生きていないが、生きることにひたむきでもあるのだ。
内観は実相の世界を観ると同時に、現実直視の修行でもあるからである。


ヤタガラスにこのようなメールを送ったこともある。
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さて、脳波がシータ波の時は、
肉体は生きていても一種の仮死状態になっているが、
その時に4次元以上の自分の思考や感情が働くのだ。

私のことを批判や避難する人もいるが、
それは私にとっては私の潜在意識の投影に過ぎず、
根本的に世界認識が異なるので文字通り話にならないので、
本来は私は何も反論する必要はないし、何も反論する気もない。

だが、私の世界では私の投影だが、
その自我が認識する「私の世界」というのは
あくまでも潜在意識の投影の世界であり、
真我の意識というのはそれを超越した世界に存在する。

今の人間の私がこの世界(自分の世界)に生きているように、
他者は他者の世界に生きている。

人間界と違って、真我の世界(5次元)では
他者と同じ世界に生きているから自他一体であり、
それを認識する為に「3次元での他者救済」をせざるを得ない。

それは「自己救済」に他ならないからだが、
前述の「生きながら死後の世界へ」の中でも
次のように書いていた↓

『死後に救われることを説く宗教もあれば、
現世利益を売り物にする宗教もある。
宗教と言っても、一口でまとめられない部分はあるが、
本質的に宗教というものは「法則」を説き、現世でも救済され、
死後も涅槃に入る方法を説くのが本来の役目である。

ただ、これは分かりやすく表現しただけであり、
現世での救済と死後の救済は同じである。
「真の救済」とは、現世に於いて六道輪廻を解脱し、
真我に目覚めて涅槃に入ることだからだ。
故に、現世で真の救済を受け、死後に苦しむことは有り得ない。
逆に言うと、現世で救済されずに死後に救済されることもない。

「救済」というのは1つの表現であり、
それは自分で自分を救うということであり、
宗教は人々の「自己救済」を手助けするものに過ぎない。
それを「他者救済」と呼ぶのだが、自他の関係が等価されると、
他者救済もまた「自己救済」なのだ』


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救済方法は千差万別で、
常時では考えられない優しさで包み込むこともあれば、
常識では考えられない厳しい言動を取ることもあれば、
常識では考えられない冷酷さで突き放すこともある。

それは私の自我ではなく、
真我による自己救済(他者救済)の「愛」である。
それは人々の自我では分からないものだが、
人生の苦難や世の中の天変地異などを見れば分かるはずだ。

天地創造の絶対神やハイヤーセルフは、
汝を無条件の愛で包み込み、祝福のエネルギーを送っているが、
汝はそれを感じることもできず、
神仏などいないと思える経験をしてきたはずである。

私が「考え深くて冷静に判断する」というのは、
自我を沈静化させた真我の考えだということである。
手相占いでそのようなことまで分からないと思うが、
解釈次第では一応は当たっているといえる。

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「想像力が発達した人で、企画面や考え出す力の豊かさ」
があるというのも当たっている。

私は幼少の頃から想像力が豊かだった。
2歳の頃から宇宙や時間について考えていたのも、
その一例だと言えるだろう。

想像力が豊かだから絵も得意で
(今は下手というか成長していないが)、
小学校の時に絵や工作で金賞を取ったりしていた。

物語を作るのも得意だったし、
要するに私はタイプ的には芸術家で、
そのことは色々な人に言われてきた。

なので、
「美術、音楽、文学などに進むことが大成の道」
というのも当たり。

想像力が豊かというのは色々な先生からも言われてきたが、
想像力は右脳の働きである。

更に私は、17歳の頃から政木和三氏が開発した
「アルファシータ」というシータ波誘導装置で
ヘミシンク音を聴いてきて更に想像力が豊かになったと思う。

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人々の心や近未来を的確に想像できるから、
私の予言も今まで大筋で当たってきたし、
今の中国の変革も(誰も信じなかったが)
去年ブログで予言した通りである。

また、人心や近未来を予想して企画する能力が高いことは、
過去のビジネスでの成功を見れば分かる通りが、
今もその能力は衰えていないと思っている。

また、想像力が乏しければ、神仙組も書けていないだろう。
私は幼少の頃から妄想族で、いつも色々な妄想に耽っていた。
妄想と想像は同じである。

つまり、私は左脳も発達していたのだが、
どちらかというと右脳偏重だったように思う。

だが、「アルファシータ」や「ネオデジタル内観」で、
右脳と左脳のバランスがとれて「中真感覚」が養われたのだと思う。
それは「一霊四魂」のバランスとも関連していると思う。

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想像力について自画自賛したようなことを書いている理由は、
以前、E氏から次のようなメールが届いたからである。

「あなたは発達障害(おそらくアスぺルガ−症候群)であると
前提した上で、私が感じた事をこと細かに書き出してみました。
アスペルガーは、文意や人の感情を汲み取って
想像力を働かせるということが苦手ですから、
一つ一つ、具体的に説明しなければ理解して貰えませんので」


私は幼少の頃から、(人間界的に)自分が悪くなくても反省する
習慣があったのは、人の心を読み取る能力が高かったからである。

かつての自叙伝でも書いたと思うが、
私は幼少の頃から人の心に敏感で、
その為に自己犠牲的なほど優しい子だった。

悪の道に走った頃も、胸を痛めながら悪を追求し、
その軟弱な心を克服する為に良心を無視して、
更なる悪を追求していった。

その後、大悔悟した時に胸がえぐられる思いをしてきたが、
それも出口王仁三郎とシンクロしている。

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そして、27歳の時に「天人合一」を体験し、
不食や各種の瞑想などの仙人修行を始め、
霊能力が発現して人の心の声が聞こえるようになった。

本人が心の中で思っていることが、
そのまま聞こえてしまうのである。

その他者の心の声も自分の潜在意識の投影だが、
その頃はそのようなことは知らなかったので、
人の心の醜さに耐えられなくなって、
その霊聴能力を拒絶して封印したのである。

それで、人の心の声は聞こえなくなったが、
波動として感じる能力は失われていない。

そのようなテレパシックな能力は
大なり小なり誰もが持っているものだが、
その当時の様々なエピソードも自叙伝にも書いてきた。

E氏も私の自叙伝『我が闘争』を読んでいるので、
何故このような疑問を持つかが謎である。

ウツや発達障害などの精神障害は太陽瞑想で快癒するが、
内観でも治ることが証明されている。が……、
インディゴは発達障害と間違われるケースが多いらしい。

今の私は想像力を働かせるのではなく、
波動的、直感的に人の心をある程度感じることができるが、
他者の心、すなわち人間の感情というのは「自我」である。

それも自分の投影だから、
私は人の機嫌取りのようなことはしないのである。
また、E氏は自分の主観で想像力を働かせるので、
私の真意が全く理解できていないのだ……。

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手相占いでは、
「理想とプライドの高い人なので、
周囲から冷たい人として見られがちです」
とあったが、理解とプライドについては後述するが、
確かに「冷たい人」と誤解されることはある。

それは私の真意(慈悲・大愛)を感じる力がなくて、
私の姿に自分の冷酷さを投影して、
私の人間性を評価しているのである。

少し前に「ZEROさんの優しさは底抜けです」
というメールがあったが、そのように感じる人もいる。

私にも自我はあるが、
昔は人々と同じように様々な感情を強く持っていた。

その様々な感情に対して、それぞれ異なる対応の仕方がある。
他者の感情は、過去の私の投影なので対応の仕方も千差万別で、
私が冷酷に見えることがあるのも分からないではない。

私は自分の自我を厳しく監視している。
他者は自分自身なので、当然ながら他者の自我に対しても厳しい。
真我は「真の愛」であるから、その厳しさは
「真の愛」によるものであり「慈悲」そのものである。

だが、私は自分に甘い部分もあるので、
人に対しても甘い部分がある(笑)
私は瑞霊と厳霊の合一だから、アメとムチを使い分けるのだ。

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以前、私のことについて、
このようなメールが届いたことがある↓

「しなやかに強くて
甘すぎる優しさと
厳しい優しさと
少し嫌みな自信」


嫌みな自信の意味はよく分からないが、
意図的に嫌味なことを言うこともある。
また、極端にへりくだって自分を卑下すること言ったり、
尊大な発言をして傲慢に振る舞うこともある。

あるいは、「このように言ってみる」とか
「あのように言ってみる」とか、
それによって相手の反応を見て分析しているのである。
他者は自分の投影なので、それも1つの内観である。

まだ公表していないが、内観には無限の種類があり、
全ては自分を知る為である。
私が「人生に内観以外の目的はない」と言っているのは、
そういう意味である。

人生の目的が内観というと「?」と思う人もいると思うが、
私からすれば「人生を生きること」そのものが内観である。

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聖書に於いて、ルシファーは「試す者」でもあり、
そのことは反キリ1の頃から宣言してきたが、
ヤタガラスにも次のように言われたこともある。

「あなた私を試しましたね。
天才ではないですか?
自覚していたはずです」


私はあらゆる手段を使って自己分析をしているが、
それによって相手にも気づきを与えているのだが、
人は自分と他者を区別しているので、
自分の感情が自分自身だと気づくことができない。

だから、これほど日常内観について繰り返し書いてきても、
全く分かっていない人もいるので手を焼くことがある。

それは私にとっては「自分ほど厄介な者はない」ということで、
その度にひたすら謝罪して浄化に努めているのだ。

ただ、「コメント欄ではもっと優しく、ファンを大切に!」
と注意されることもあり、それはそう思うので聞き入れる。

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話が逸れたが、私は人類を平等に愛している。

「好き・嫌いの二元論をなくせ」
と言っているが、私にも好き嫌いはある。

ただ、極端な好き嫌いはなく、
好き嫌いの感情も希薄で、表裏一体であることを理解している。

また、中真感覚を持っていれば、好き嫌いがあっても問題はない。

好きな人間とは「好感の持てる人」、
嫌いな人間とは「不愉快な人間」のことで、
私にも好きな人間と嫌いな人間はいるが、
どちらも自分の投影であることが分かっているので、
嫌いな人間も認めて受け入れている。

つまり、私は、好きな人間も嫌いな人間も、等しく愛しているのだ。

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尚、私のことをよく知っている人は、
私が正直で率直であることも分かっていると思うが、
星座占いでもそのように書かれていて、反キリ1にも載せている。

獣の星座の特徴と相性診断
http://jinja-bukkaku.seesaa.net/article/158685178.html

少し前も「ありえない程の正直者」と言われたが、
私は良い所も悪い所も包み隠さず暴露している。
「良い・悪い」というのは一般常識の基準というか概念だが、
私はそのような「良い・悪い」の二元も超越している。

正直で率直ゆえに人を傷つけてしまうこともあるが、
私にとっては正直で率直であることの方が大切である。

私も過去の人生の中で、人々に傷つけられて生きてきたが、
それは錯覚であり大きな間違いなのだ。
自分の世界に他人は実在しないことが分かれば、
自分で自分を傷つけているに過ぎない。

傷つくことも、カルマの法則に基づいて、
それを体験する為に自分で映し出していることなのだ。
ところが、人間というものは自分の外側しか見ない為、
「傷つけられた」という認識を持って他人に責任転換するのである。

極端な話をすれば、通り魔にナイフで切りつけられても、
それは自分が投影したことであり、自分の世界に於いて
実在しない他人が自分を傷つけるということは有り得ないのである。

自我はそのことを理解・認識できず、
理解・認識できないことを「無明」といい、
それが迷いや苦悩の本質的原因なのである。

悲しみは実在ではなく、心の影、迷いであり、
無いものを有ると思う自我の妄念に過ぎない。

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さて、「理想とプライドが高い」とのことが、
これも本質的な意味では当たり。

まず、理想の定義だが、原久子氏によると、
「宇宙(大自然)の理に適った思いのこと」で、
その意味では私の理想(宇宙創造)は高いと言える。

プライドも以前から繰り返し書いている通り、
私は「自分=宇宙」と認識しているので、
宇宙大のプライドを持っている。

従って、誰に何を言われても、何をされても、
プライドが傷つくことはないのである。
人から「プライドがないか」と言われることがあるが、
私は無限大のプライドを持っているのだ。

一般的に言う「プライドが高い」というのは、
自分を「個人」だと錯覚している人の単なる自我に過ぎない。
つまり、器が小さいから簡単に傷つくのであり、
私から言わせれば「プライドが小さすぎる」ということになる。

世間で言う「プライドが高い男」というのは、
いわゆる「ケツの穴の小さい男」なのだ。

だが、私もケツの穴は小さいと思う(笑)
写真を撮って載せようと思ったがヤメておく(笑)
今、リビングで親の前でパソコンで記事を書いているのだが、
「穴」で画像検索すると大変なものが出てきて焦った(汗)

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「夢が高くなりやすいので現実をわきまえた生活が必要」
とのことだが、当たっていると言えば当たっているが、
一般的な意味合いで解釈すれば間違っている。

私の夢は、前述の「理想」と同じで、
新たな宇宙(第8太陽系次元)の創造である。
私にとっては普通のことだが、壮大な夢ではある。

だが、その夢は真我覚醒と同時に、
「原因の世界」では既に成就している。
つまり、人間界から見ると、
私の夢は未来ではなく過去の産物なのだ。

だから私は未来に夢を見ることはなく
(自我では未来に夢を見るが)、
真我の私は「今ここ」を現実直視して生きている。

「今ここ」を現実直視するというのは日常内観そのものである。

だから、E氏と初めて会った時、
E氏は私が現実的な人間であることに驚いていた。
E氏は私の記事を読んで想像を膨らませ、現実を軽視した
スピリチュアリストのようなイメージを抱いていたらしい。

確かに、この世の現実は投影で、夢や幻と同じようなもので、
その次元に生きているのは自我である。

だが、それを「観る」ために人間界に生存しているのであり、
「内外一致」「霊体一致」「現実直視」
ということは、今までに繰り返し書いてきたはずである。

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「友達の意見など聞き入れる寛容な精神が必要」
とのことだが、これは間違っている。

何が間違っているかと言うと、
他人の意見を聞き入れることが間違っているのである。
それが正しいとか間違っているとかいう問題ではなく、
「自分」という中心軸から外れているからである。

他人の意見を聞き入れるということは、
他人に振り回されることであり、
それでは人生が無茶苦茶になってしまうだろう。

他者の意見が自分の中心感覚と合致すれば、
もちろん聞き入れるべきだが、
それは聞き入れるという表現は不適切だろう。

言っておくが、人の話に聞く耳を持たない頑固者とは全く違う。
人が何かを話し始めた途端にシャットアウトすることもない。
まずは一通り話を聞いて、からの話である。

私は自分の自我(肉体の思考や感情)には従わない。
他者の意見は自分の自我の投影なので、基本的には従わない。

だが、他者の意見を無視するということではない。
聞いて浄化しなければならないので、
聞くだけのことは聞く必要があるのだ。

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また、他者の口を借りて、
ハイヤーセルフからのメッセージが伝えられることもある。

もし、その人の意識レベルが低く、
全く真理を分かっていないような人であっても、
頭の考えではなく無意識に言葉を発し場合、そのようなこともある。
いずれにしても、他者との対話は「自問自答」と同じなのだ。

私がメールしている人の中には精神科に通っている人も少なくないが、
その1人が担当医にこのブログを教えたところ、
「悪魔崇拝」などの文字を見て、私は危険人物の烙印を押され、
私のことを「彼には何を言っても無駄だ」と言っていたそうである。

確かに、自我で発する言葉である以上、
私に何を言っても大抵は無駄だが、
人の話を聞くことも「内観」なので、
普通の人以上に聞く耳は持っている。

その代わり、神仏は人間の願い事を聞き入れないが、
私は人のお願いは可能な限り聞き入れている。

その意味では、マザー・テレサに通じる生き方で、
人々に振り回された自己犠牲的な生活を送っているが、
それだけで人生精一杯で多忙極まりない為、
1人1人に対して全面的に面倒を見ることが出来ず、
善意が誤解されたり反感を買うことがたまにある。

それも自分の投影なので、ご免なさい、許して下さい……(ToT)

結局、全ては「自己救済」なのだ。
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私の手相については、以下の記事もある↓

32歳の獣の手相診断
http://jinja-bukkaku.seesaa.net/article/169298687.html
獣の手相診断とオーラ写真鑑定
http://jinja-bukkaku.seesaa.net/article/125833163.html
微笑と意識進化と獣の手相と世界征服
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posted by ZERO at 00:11| Comment(5) | ZEROの解体白書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
毎日お疲れ様です(。>д<)私だったらこんなに忙しかったら救急車行きですね?(´д`|||)寝ないでご飯ですか(。>д<)気持ち悪くなりそう?(´д`|||)とろろ蕎麦ですか(笑)とろろは胃腸炎になった頃、よく食べました。直ってからはとろろを口にしてません(。>д<)あんまりネバネバ系食べないので(。>д<)おくら事態も食べません(。>д<)

一度、嘘ついてごめんなさい。グッピグストーカーに毎日グッピグされて気になりました(笑)今日もグッピグが来ました(笑)グッピグストーカーは誰にでもグッピグするけど、誰とも喋りません(゜ロ゜;ノ)ノ私も何度か話しかけてるけど、一向に返事くれません(´д`|||)何考えてるのか分かりません?いいやと思いながら笑ってます(笑)
Posted by ルキュエル at 2013年10月18日 01:56
私も最近、機械の手相占いやりました!

機械がちょっと違うので、結果はともかく、

ZEROさんの手相、私と似ています!!

私も早く悟りの境地へ・・・
Posted by tun at 2013年10月18日 04:08
ルキュエルさんも毎日お疲れ様です^^

名前の所に文章が入っていたので修正しておきました。
いいやと思って笑っていることは良い事ですね^^
嘘をついた場合は自分自身の心に誤って下さい^^


tunさん、こんにちは。

私と手相が似ているとは素晴らしいですね(笑)
tunさんも確実に進化を遂げているので焦ることはないですよ^^;
Posted by ZERO at 2013年10月19日 00:38
穴の画像検索のあとどうなったんですか?
Posted by at 2013年10月19日 13:10
すぐに閉じました^^;
Posted by ZERO at 2013年10月20日 20:52
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