2013年10月26日

ZEROの真我覚醒の軌跡

「祇園祭の未発表記事」を掘り下げた記事だが、
自叙伝『我が闘争』の総集編的な内容にもなった。

人生の目的と新たな宇宙の創造
http://new-mu.seesaa.net/article/376782239.html
にも書いた通り、私は生まれた時から少し特殊な人間だった。

この時の写真撮影も最近のことのように覚えている。
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そして、前回の記事では、小学校転校が原因で、
人生の歯車が大きく狂ったということを書いてきた。

「悪魔術によって相手が怪我や病気をしていたが、
私も自分の自念障害や返り念障害にやられて、
私自身が怪我をしてしまうこともあった」と書いたが、
怪我だけではなく年に何度か高熱を出したり、
病院に行っても原因不明の病気になったりしていた。

そして何よりも、私自身の精神が破壊されて
正常な神経の持ち主ではなくなっていった。

人や世間を恨むことは自分を恨むことと同じであり、
必ず精神に障害をもたらし、
その結果として脳や内臓諸器官に変調を来たすことになる。

もちろん、その想念は潜在意識を汚してカルマを作り、
今後の人生や死後の世界、そして来世の運命を決定し、
その情報はDNAにも記録され、子孫にも影響を及ぼすことになる。

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古語で「霊」を「チ」と読み、「血」に通じるが、
王仁三郎は「赤血球には霊が充満しており
霊の交通運輸の役目をする」と説いている。

霊的な解説をすれば、自分の副守護神
(汚れた潜在意識)には、幽界の先祖霊たちも含まれる。
従って、同じ血統の人間は霊的な繋がりが強く、
既に生まれている子や孫にも影響するのである。

例えば、親の喜怒哀楽が、遠く離れて音信不通の
子供の潜在意識にも影響を与えるものなのだ。
子供に対して発する想いではではなくてもである。

当然ながら、血液の状態と霊性は関連し、
血液の浄化が意識レベルの向上や先祖の供養にも関係している。

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それはともかく、小学校5年の頃から悪魔術に手を染め、
「地獄道」を突き進んでいった私だが、
その頃から「超神道」への道も同時に歩んでいた。

超神道とは、神道の流れを汲みながら既存の神道を超越したもので、
実在の超神霊(5次元の霊)のエネルギーと交流する神霊術である。

寝れば必ず金縛りになったり悪夢を見ていたが、
超神霊エネルギーを引きながら寝ると、
天国のような所にいる明晰夢を見ることもあった。

私は幼少の頃から様々な宗教に触れ、
小学校の頃から自らその研鑽を積んでいたが、
隈本確の超神道を歩み始めてから、
宗教が説く教義や修行などを捨て、宗教離れをした。

また、中学1年からは隈本確と同じく、
5次元エネルギーであるESPも活用するようになった。

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話を戻すが、私は小学校5年の頃から
祖母への反抗の態度として少食になり、
食べ盛りだったので食べたいのを我慢して
立ちくらみをよく起こしていた。

中学に入ってからはニキビを気にして少食を続け、
肉や油料理やお菓子やジュースを避けるようになった。

中2の頃からは、ドクロのようなバンドマンに憧れて
1日一食の少食(味噌汁だけとかサラダだけとか)
の生活をするようになり、絶食する日も多かったが、
少食体質になって体力的な問題は全くなかった。

尚、隈本確は食に戒律を設けていないが、
生野菜の効用と水飲み健康法を提唱していたので、
もちろんそれも習慣にして血液の浄化に努めていた。

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それでも悪魔に支配されていたのは何故か……。
それは私の心が弱く、過去の悲しみを引きずり、
自分の心を守る為に他者に原因と責任を向け、
いつまでも許すことができずに呪っていたからだ。

どれだけ悪想念を持たないように頑張っても、
「想念は結果」なので出てくるもので、
その時に精神を悪魔に支配されていたのだが、
そのような食生活だったからこそ、
神と波長を合わせやすい体質でもあったと言える。

カバラ占いによると私は
「神と悪魔の両方に支配される人生」だという。

カバラ占いによる獣の特性とフーチパターンによる生命体
http://jinja-bukkaku.seesaa.net/article/172454800.html

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悪魔に支配されていたのは昔の話だが、
実際に私のの人生は神と悪魔の両方に支配されてきたと言える。

私が悪魔術に手を染めたのは、
隈本確の神霊術と出会ってから以降のことである。
また、私が不良になって悪の道を突っ走ったのは、
ESPと出会ってから以降のことである。

そして、どのような極悪非道な人生を歩んでいる時でも、
隈本確とESPを信仰していた。

但し、高校生になってからは格闘技の先生の指導などの影響で、
肉食を解禁して満腹になるまで食べるようになった。

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そして、悪行三昧で警察のお世話になってばかりいた私は、
学校の陰謀で1ヶ月半の間、スパルタ施設に拉致監禁された。

私は経歴に傷はないが、そこは少年院や刑務所に入っても
更生できなかった人間の掃き溜めで、1年、2年は当たり前、
5年以上も収容されている人間もいた。

そこにいた連中の話によると、
その施設に比べると少年院や刑務所は天国だと言っていた。
いつ出れるか分からない絶望感で、私は過労死してやるつもりで
山での肉体労働をガムシャラに頑張った。

超スパルタな塾長は元ヤクザのようなことを言っていたが、
私のことを「ええ根性しとる」と言って、
奇跡的に1ヶ月半で釈放されることになった。

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向かって左が例の殺人犯
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拉致された時、私は家で寝ていたのだが、
3人のオッサンに囲まれて寝込みを襲われ、
手錠をかけられて車に乗せられた。

その少し前に地元のヤクザとトラブルを起こしていたので、
家がバレて誘拐されたのかと思った。
その昔、私の御父はその組の親分も締め上げているので、
事務所に着いたら私の正体を明かそうと思っていた。

だが、車はその事務所の地域を通過した……。
もしかすると、このオッサンたちは刑事で、
鴨川沿いにある管轄の警察署に連れて行かれるのだと思った。

しかし、その警察署も通過し……
京都府警に連れて行かれるのだと思ったが、
どんどん遠くに向かって車は走り始め、
やがてどこかの山道に入っていき、
殺されるのだなと観念したのだが、普通に堂々としていた。

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で、収容所に連れて行かれて怒鳴り散らされたのだが、
オッサンたちの正体は謎で、何の為に連れて来られて、
何に対して怒られているのか全く分からなかった。

聞いても答えてくれず、だが、
無駄な抵抗はやめようと思って大人しくしていたのだが、
普通は誰もが震え上がるとのことだった。

で、1ヶ月半後に突然釈放されることになったのだが、
生活態度を改めないと連れ戻しということだった。

連れ戻しが嫌な一心でしばらく真面目にしていたが、
連れ戻しに来たら殺してやると思って日本刀と一緒に寝ていた。

レプリカなので斬れないが、先が尖っているので
突き刺せば人間の体くらい簡単に貫通するアイテムである。
そして、そのオッサンに対する恨みと反抗の気持ちも強くあり、
そこから私の全盛期が始まった。

収容所で一度は捨てた命、あの体験と決死の働きを思えば、
怖いものは何もなく、出来ないことも何もない気になり、
不良を超越した特殊な軍団を結成し、常に死を覚悟して、
街で無差別に喧嘩やテロ活動を繰り返していた。

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だが、高2の2学期(17歳)に人生の転機が訪れた。
御父の竹馬の友で、
御父の会社の会長だったK氏と対面することになった。

正月に東京の自宅に招かれ、
私だけ別室に連れて行かれて、このように言われた。

「お前は不良か!?
俺はヤクザにも恐れられている人間だぞ!」

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少し話が変わるが、御父は昔、柔道5段で、
警視庁でも数々の犯人逮捕で表彰されてきたという。

で、京都に移住して東映のニューフェイスになり、
映画にもいくつか出演しているが、事業が盛況だった為、
芸能活動から徐々に離れていったという。

昼は会社経営、夜はホスクラ経営で、祇園で最大の有名店で
全国からVIPな客や芸能人たちが来ていたらしい。

当時、御父は28歳で、
サラリーマンの初任給が1万5000円程度だった時代に、
年商10億円くらいあったという。

そして、ヤクザがみかじめ料を取りに来たり、
ヤクザの客が因縁をつけてくる度に、
御父はボコボコにして吊し上げていたという。

一度、武器を持って報復に来た連中に、
外で10人くらいに囲まれたそうだが、
それも1人で全員倒したりしていたらしい。

親分が出てきてもボコボコにして吊し上げ、
何人かの親分を締め上げた頃、
御父の噂が本部の大親分の耳に入って店に来たらしく、
大親分が御父に惚れ込んで親しくなったという。

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で、御父が30歳の時、マンションの管理人が来て
書類に印鑑を押すように求められ、
御父が留守だったので聖母が捺印したという。

後で御父が調べると、その管理人は有名な事件師だったらしく、
その捺印1つで財産も会社も店も奪われて文無しになったそうだ。

そのカルマ(記憶)を刻んだ遺伝子は私に継承され、
私も30歳の頃に似たような経験をすることになった。

その時、例の大親分が部下に3000万円を集めさせ、
御父に「ぜひ使ってくれ」と言って無償で提供してくれたという。

私は昔からその武勇伝を聞かされていたので、
ヤクザを恐れなかったというのもあるのは事実である。

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余談が長引いたが、前述のK会長も
大学時代に柔道の全国大会で4年連続優勝したらしい。

また、大学時代から右翼の実力者で、
当時の過激な学生運動を警察も止められなくなり、
国からの依頼で全国の右翼を動員して学生運動を止めたという。

その結果、1年間独房に入れられ、
国家権力に対する反撃の人生が始まったという。

右翼というのは昔の話だが、政財界の裏の世界で成り上がり、
民間人でありながら大臣を動かすほどの権力を掌握した。

それが「野望の群れ」という漫画になっている。
ストーリーはかなり脚色されていて、
漫画の中ではヤクザということになっているが、
実際にはヤクザを恐喝したりしていたらしい。

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また、3000人以上のスパイを各組織に送り込み、
法律で簡単に裁けない権力者たちの実態を暴いて
強請りなどもしていたという。

昔、住専の事件があったが、
あれもK会長の指示で御父が証拠を集め、
検察を動かして逮捕に至ったという。

御父は検察に、
「一般人なのに、よくこんなことができましたね」
と言われ、K会長の名前を出すと
「それは無敵ですね」と言われたそうだ。

私もK会長のような正義の鬼になり、
権力者への道を進むことを熱望し、
その世界で皆を見返してやる決意をして、
極悪から極善に反転したのだった。

そして、大物に成りたければオーストラリアの広大な大地に立ち、
国際的な仕事ができるように英語を勉強しろと言われ、
指定されたオーストラリアの大学に入る為に猛勉強を開始した。

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また、私は喧嘩だけではなくナンパにも明け暮れていて、
1ヶ月で何人と付き合えるかを仲間と競ったりしていた。

その時に付き合った中の1人と本当に付き合うようになり、
それも私が街で暴れなくなったことと無関係ではない。

そして、約1年間の交際期間を経て、
私は高校を卒業してオーストラリアに旅立った。

私は外人からも日本人からも人気者で、
仲間が沢山いて楽しかったことは楽しかったが、
田舎なので都会の楽しみが全くなく、
日本に帰ってバンドがやりたいと思うようになった。

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今年の祇園祭の写真を見て、友人のメンマが
「相変わらずどこに行ってもスーパースターですな」
と言っていたが、確かに昔からどこに行っても人気者で、
小学校の転校前も転校後もクラスの中心的存在だった。

転校後の小学校の友人に「なぜグレたのか?」と聞かれ、
「イジメられてたから」と言うと、
「勉強もスポーツもよくできて、
みんなから愛されて人気者やったやんか」と言われた。

確かにその通りで、誰も悪意を持って私を虐めていないが、
その当時の私の主観では虐められていると感じていたのだ。

それは私立の小学校で過ごしてきた人間と、
公立の小学校で過ごしてきた人間の違いというか、
学校だけではなく基本的に家での育ちが全然違うものがある。

私は転校後も沢山の友達ができて、
みんなと仲良くしていたのだが、
親しい友人の中にもまともな家庭で育っていない者もいて、
私に対するひがみや妬みの言葉を発することがあり、
それを私は虐められたと感じて泣いていたのである。

4年生の時に6年生から暴力を受けていたのは事実だが、
どう考えても私は虐められるようなタイプではない。
転校生ということで目に付き、
人気者のようだから目触りで虐めたくなったのだろう。

小学校の卒業文集
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さて、オーストラリアでの話に戻すが、
ホームシックになって高校時代のように酒に溺れ、
浮気をして学校にも行かずに自堕落な生活をしていた。

日本に置いてきた彼女の魔鬼とは、
毎晩のように1〜2時間も国際電話で話していた。

半年後、魔鬼を召喚して、ケアンズに2週間の旅行に行った。

半年ぶりの再会で感激し、
私は御父からカードを貰っていたので使い放題で、
人生で最も最高の2週間を過ごしたのだが、
最後の2日前に魔鬼が浮気をしたことを知った。

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その時のショックはあまりにも大きく、
1週間ほど食事もせずに寝込み、
急遽、日本に帰国して魔鬼と同棲することになった。

そして、マーフィーの本を読んで、
その男のことを許し、自分の心を癒すように努めた。

だが、どうしてもその記憶がいつも脳裏をよぎってしまい、
なかなか立ち直ることが出来ず、
私は悲しみから自分の心を守る為に、
魔鬼が浮気した相手の男に対して怒り狂う毎日だった。

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どこの誰かは知らないが、
四六時中、その男を虐殺するイメージをしていた。

当時、私は建築のバイトをしていたが、
殺意に満ちた力任せで仕事をして発散していた。

魔鬼は友達と海に行った時にナンパされたそうで、
その友人の方はもう1人の男と続いていて、
魔鬼が浮気した男に不幸があったという情報が入った。

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そして、21歳の頃に『日月神示』に出会い、
一切の肉・魚・卵・油料理・乳製品を辞めた。

また、隈本確から離れ、ESPのテープは聴いていたが、
ESPに対する依存心も消えていった。

そして、『日月神示』を信奉して厳格な食生活
(穀物菜食の少食)をするようになり、
3日〜1週間の断食も頻繁に繰り返すようになった。

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だが、その男が死んだことを知っても許せず、
何万回殺しても許せず、私はその男を呪い続け、
魔鬼の記憶を消したくて、私も記憶を消したくて、
消えない悲しみと怒りにずっと苦しみ続けていた。

そして、高校時代ほどではないが、
再び街で無謀な喧嘩や破壊活動をして、
たびたび警察に連れて行かれていた。

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だが、神と悪魔の両方に支配される人生なので、
悪魔が沈静化している時の私は本来の私だった。

私は日本に帰国して、親やK会長に敷かれたレールではなく、
自分の力で自分の人生を切り開いてやると思っていた。

それがバンドでの成功という夢だったが、
借金まみれになってしまった為に、
とりあえずビジネスに専念することにした。

私の自叙伝『我が闘争』を読んだヤタガラスから、
以前、次のようなメールがあった↓

「どれだけ傷ついても失わない純粋さがあるから
閣下の歩く道には 華びらが舞うのでしょう」


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私は数々のネットワークビジネスで成功してきたが、
この業界の成功者の多くは口八丁の合法詐欺師である。

だが、当時の私の成功哲学の原点はナポレオン・ヒルで、
その「成功の定義」は次のようなものだった。

「成功とは、他人の権利を尊重し、社会正義に反することなく、
自ら価値ありと認めた目標や願望を、
黄金律に従って、一つひとつ実現して行く過程である」


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目標や願望を明確に持ってモチベーションを維持し、
成功した姿をイメージ化して計画を立てて努力する……
というような当たり前のことだが、
それがプログラム化されているもの実践してきた。

それによって成功したと言えばそうなのだが、
21世紀はこのような幽界の成功哲学ではダメである。

それはともかく、私は自分の数々の成功例や失敗例などの
経験則を生かしながら、様々やアイデアを駆使して、
常識を逸脱した努力と独特のやり方によって成功した。

高校時代に結成した軍団(ネットワーク)の構築も、
正攻法ではなく誰もやらないような特殊な方法だったが、
いずれにしても人並み外れた無謀な勇気と根性が必要である。

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それはともかくとして、他人の権利を尊重し、
社会正義に反することなくということが前提である。

そして、ネットワークビジネスというのは、
人を稼がせれば結果的に自分も儲かる仕組みなので、
お金は後からついてくるという考え方で、
ひたすら人々の為(自分の為)に活動し続けていた。

だから、数多くの人たちから尊敬され、信頼され、
私が次々とビジネスを仕掛けたりしても、
鶴の一声で何千人が一斉に動いていた。

投資会社を設立してその世界から足を洗ったが、
ビジネスの世界に於いては神の世界に通じるような、
奉仕の気持ちで社会貢献をしてきたと言えると思う。

だが、私はあの男に対する呪いの念を持ち続け、
その怒りを喧嘩や破壊活動によってぶちまけていた。
25歳くらいからはほぼアル中の状態になり、
食事はほとんど必要なくなって不食に近い状態だった。

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私が朝方、泥酔して一人で帰宅中、
闇打ちに遭って怪我をして帰ったりして、
魔鬼が心配して怒るのに対して、
私は5年も6年も前のあの男の話を掘り返して、
魔鬼に暴言を吐いて殴ったりするようになった。

魔鬼もクラブのアフターで朝帰りで泥酔して帰ってくることが多く、
私に対する不満や怒りや悲しみで精神が錯乱したような状態で、
泣き喚きながら私に「しっかりして!」と言われ続けていた。

私が23歳の頃から魔鬼と言葉を交わすことが少なくなり、
一緒にどこかに出かけることもほとんどなくなり、
同棲している意味があるのかどうかお互いに疑問に思っていた。

そして、26歳のある日、ESPの指導所に行って、
巨大な念玉に「なるようにして下さい」と祈った。

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すると、また魔鬼が泣きながら帰ってきて、
「洗濯も掃除も何も出来ないくせに、私が出ていってもいいの?」
と言われ、うっとうしくなって「出ていけ!」と怒鳴ってしまった。

「本当に出て行っていいの!?」と言われ、
「だから出て行けって言ってるやろ!」と一喝すると、
少し沈黙の後、魔鬼は「分かった……」と言ったので、
本当に出て行きそうな気がして嫌な予感がしたが、
心のどこかでそれを望んでいたので口に出たのである。

それから魔鬼は帰って来なり、私は心配になったが、
それ以前から外泊が多く、何となく状況は察知していたので、
別れた方が良いとは思っていたが私にも情があったので、
ESPの指導所に行って「なるようにしてくれ」と祈ったのだ。

で、「何年から前からの客と結婚する」という連絡が入った。
その瞬間、私は過去のあらゆる怒りと悲しみから解放され、
成仏したような清々しい気持ちになった。

幽界から脱却して天国に来たような気分で、
実際に意識レベルではそうだったと思う。
(天国=フォーカス27=輪廻転生地点)

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3年程前、何のキーワード検索で引っ掛かったのか謎だが、
魔鬼が私のブログを発見して次のようなメールが届いた↓

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話を戻すが、魔鬼が出て行って私が成仏してから
親友のT氏が逮捕されて絶縁状態になったり、
遊び友達の人脈が自然に激変し始めた。

また、部屋の景色も違ったように見えたりして、
夢を見ているのか別世界に来たような感覚だったが、
今思えばパラレルワールドが大きく変わったのだろう。

もちろん、良いパラレルワールドに移行したのだが、
「運命の変更」とはこのようなことなのだ。

T氏は去年の祇園祭で8年ぶりに再会したが、
私がメールも電話も返さないので再び音信不通中。
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だが、マンションの隣の部屋のドアの前に
ハエがビッシリ止まっていて、強烈な死臭がしていた。

また、エアコンは外気を取り入れるので、
エアコンをつけて寝ると、
起きた時に私の部屋に死臭が充満して吐き気がした。

メンマを呼ぶと「絶対死んでいる」ということになって
警察を呼ぶと、案の定、隣のオッサンが死んでいた。
そして、メンマに頼んで引越作業を開始した。

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私は全国展開の大手スーパーの元顧問で、
大手通販会社の社長秘書をしている人物からも
全幅の信頼を置かれていて、
マーケティングについてのコンサルもしていた。

その人が京都駅の近くの事務所を無償で
貸してくれていたので、そこに移り住むことになった。

また、名古屋の会社から子会社の社長になってくれという
オファーがあり、名古屋に移住する決断をしたが、
双方ともに少し準備もある為、
半年間ほどはまだ京都駅の近くの事務所に住んでいて、
太陽瞑想や腕振りを日課にしていた。

私はそのビジネスに一点集中する為に、
全てのビジネスの活動を停止して収入は激減していった。

最終的に月収は10万円くらいにまで落ち込み、
光熱費や電話代や諸経費で月に10万くらい必要だったので、
飲酒も食事も出来ない状態となった。

その時に20日間の断食瞑想をして、
「天人合一」を初めて体験したのである。

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で、名古屋のマンションも契約済みだったが、
頭金以外の残金や引越費用がなくて困っていたのだが、
知らない名前の人から私の個人口座に入金があったりして、
奇跡的に3月下旬に予定通り引っ越すことができた。

それが27歳の春で、私は会社の立ち上げに貢献し、
3ヶ月間タダ働きをさせられて解雇されたが、
禍転じて福となり、2ヶ月間の断食で不食体質になった。

そして収入がない為に家賃も滞納で、
ホームレスになる為に名城公園に下見に行った時に、
私を解雇した会社のトップリーダーをしていたゴッドに遭遇した。

話を聞くと、ゴッドは収入は要らないと言って、
その会社を辞めたらしく、
もともとは証券会社にシステムを提供するほどの
トレーダーだという話も聞いていた。

また、ゴッドも私の過去の栄光を知っていたので、
一緒に投資会社を設立することになり、
まずは資金ゼロでネットワーク会社を発足し、
最初の1ヶ月間は低迷していたが、
半年間で3億5000万円の売り上げがあった。

ホームレス寸前から2ヶ月目
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私の部屋を事務所にしていたので部屋に引きこもり、
不食を続けながら、日の出の太陽瞑想、フォーグ腕振り、
ピラミッドテントでの各種瞑想などの仙人修行をしていた。

「キングダム・オブ・ハッピネス」という
カルマ解消のDVDも常時流しっ放しで、
高周波発信装置「ゼッテン116」もいつも流していた。

波動機器の決定版とも呼ばれる「ライフコントローラー」も
100万円ほどで購入し、詳しく書けばキリがないが、
様々なアイテムも利用して身魂磨きの実践に専念していた。

錬金術の真意は物質的な金の精錬ではなく、
意識進化による「生命の樹」の上昇だが、
ビジネス(錬金術)も立派な奉仕活動だった。

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その頃、本物研究所を通じて知り合った霊能者に、
私は過去の事を何も話していないのに、
「君は黒い世界を体験する必要があったんだよ」
「これからもっと凄いことになりますよ」と言われた。

それ以上のことは「自分で分かるでしょう」と言われて
教えてくれなかったが、私は経済的に凄くなることだと思った。

だが、そうではなかったようで、今思うと、
「自分で考えて分かることを聞くな」というのは、
私のハイヤーセルフの言葉である。

私のハイヤーセルフがその霊能者の口を借りて
喋ったのかも知れないと思う。
(未だに何も凄い事にはなっていないが……)

そのような生活を2年ほど続けて悪想念を発することもなく、
潜在意識は完全に浄化されてカルマも残っていないと思っていた。

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だが、泥酔すると何らかの弾みで深層意識の奥底の記憶
(カルマ)が浮き上がってくるようで、
29歳の春〜夏に2回も強烈な傷害事件を起こしてしまい、
もしも止めてくれる人間がいなかったら、
私は自分の投影を消しているところだった。

酒のせいではなく、酒のお陰なので酒に感謝であるが、
私は自分が恐ろしくなり、その時にたまたま目についた
『絶対変革』という本を読み、ネオデジタル内観を始めた。

とりあえず瞑想状態になり、
生まれてから今までの過去を振り返る作業をしたが、
もともと浄化が進んでいたのだろう……
僅か2〜3日で新たに生まれ変わったような心境になった。

ちょうど会社を休業して1年半ほど経っていて、
毎晩ギャバクラ巡りをしていたので
資金が底を突きて家賃が払えなくなり、
その他の事情も重なって、
急遽、ゴッドの実家に居候する流れとなった。

私は真我に目覚めた……と思った途端の予期せぬ展開だったが、
それはこれから始まる本当に予期せぬ展開の序曲に過ぎなかった。

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何と、その家はお化け屋敷で、
ポルターガイストや金縛りに悩まされるようになった。
それらの現象は低級霊と波長が合わなければ
起こり得ないことなので、どうしても腑に落ちなかった。

部屋はイヤシロチ化して高エネルギー空間にしていたが、
太極八卦鏡を窓際に並べていたので風水的にも問題はない。

だが、ピラミッドテントをセットする時に方位磁針を見ると、
針が回転するので土地の磁場が狂っていることが分かった。

こればかりはどうしようもないが、
その部屋で育ったというゴッドは、
そのような怪奇現象を体験したことはないという。

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しかし、磁場の狂いは亜空間を生み出し、
怪奇現象と無関係とは思えない。
また、私が低級霊と波長が合うとは考えられなかったが、
私がその部屋に住んで怪奇現象が起こったことは事実である。

だが、そこに住むことになったのは必然的な流れでもあった。
ネオデジタル内観は続けていたが、創価学会に入会させられ、
毎朝30分間の勤行(唱題)を強制されていた。

当初の怪奇現象は、ラップ音とポルターガイストと
金縛りだけだったが、その強烈さ故に意識を失うと同時に
体外離脱をして魔界に連れて行かれるようになった。

それが私の深層意識の世界(幽界)で、
普通の内観が「バーチャル内観」だとしたら、
私は「リアル内観」をさせられていたのである。

やがて、魔王を倒して合体したが、
魔界戦争が終戦したからといって、
まだ真我に目覚めたわけではなかった。

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だが、魔界戦争の終戦と同時に引越す運びとなり、
それが2008年7月(30歳の時)だった。

それから約半年間、内観を続けながら世俗の中で修行をし、
2009年の節分に私のハートチャクラに落雷して感電した。

「落雷事件」の前後だったと思うが、
5次元にトリップして自分の本体の霊魂(トータルセルフ)
と邂逅し、その前後に次のようなメッセージを受けた↓

「全ての出来事は自分を成長させる為のプログラム」

「不安や恐怖が自己保存の観念を強くし、
それが原因で闘争と破壊となる」

「悲しみを怒りに変える事で自己保存の観念を強くし、
それが原因で闘争と破壊となる」

「自己保存から分離意識が生まれ、
それが際限のない欲望を生んで闘争と破壊となる」

「不安や恐怖、悲しみや苦しみから逃避したり、
マイナス感情を押し殺す事で根深いカルマとなり、
同じような事を繰り返しながら生きていかなければならない」


魔界戦争を終えても、まだ私の中に闇があったのだろうか……。
今振り返っての憶測だが、これは内観をする上でのアドバイスで、
厳霊が宿る前に私が再認識する必要のあることだったのだろう。

落雷事件前(2009.1.29)
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落雷の電気ショックによって魂が覚醒するのか、
あるいは遺伝子が覚醒して超人に進化するのか……

という期待もあったが、自己犠牲による救世の使命を自覚し、
諸事情によって一時的に実家に移転することになった。

それから自叙伝『我が闘争』を書き始め、
1年間に及ぶ詳細な人生内観を終えて、
毎日長時間の瞑想に耽っていたが、
椅子に座ったまま4日間も昏睡状態になったりもした。

体外離脱で真っ白な世界で紫とピンクのオーラの女神に遭遇し、
その頃から明晰夢の中に図形や数式が現れて、
「黄金太陽」に関する啓示を受けるようになり、
ピラミッドの謎を解明して5次元の入口を発見した。

黄金太陽.jpg

「黄金太陽」はアリオンの話に登場する正八面体だが、
その1年前に私は解読に取り組んでいた時期があった。

また、私に「黄金太陽」の解読のヒントを与えた女神は、
アリオンの話に登場するマイ・ミュート・アーテだと思われる。

その黄金太陽の中心が5次元の入口で、
人体十字の中心である「胸」なのだが、
それは隈本確の神霊術の数学的な理解でもあった。

それによって私は自分の内側と外側の世界認識の反転が進み、
それをもって「真我の覚醒」を自覚するようになった。

尚、小学校5年の頃に隈本確の本を読んで、
宗教の教義を学んでも意識進化には役立たないと思い、
宗教を卒業したということを書いたが、真我に目覚めて、
宗教が説く教義を自分で認識・知覚できるようになった。

20091005_2909179.gif

それが、「学び」ではなく「悟り」なのだが、
悟りとはどのような状態かというと、
「内外反転」の認識を持った状態だと言える。

詳しくは改めて解説するが、真我の覚醒によって、
「この世」という夢から覚めてきた状態で、
この世の出来事も人類も夢だと分かっている為、
自我の感情が希薄になっていくのである。

そして、真我の外側(人間の内側)こそが、
実在の世界(5次元)であることを認識し、
そこが「自他一体」の世界であるがゆえに、
その投影である人間界も自他一体なのである。

悟りの語源が「差取り」と言われる通りである。

今はまだ認識は出来なくても、
理解してイメージすることは出来ると思う。
つまり、自分の外側を「内側」だと思って、
日常の出来事や自分の感情を観察すること。

私は「内外反転」の知識もイメージもなく、
ただひたすらネオデジタル内観を続けてきたが、
いつもリラックス状態で「内外反転」を意識し、
常に「内観+ホ・オポノポノ」を習慣にすれば、
意識進化のスピードは加速することだと思う。


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posted by ZERO at 03:39| Comment(0) | ZEROの解体白書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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