2013年11月01日

汝の魂は宇宙の外にある!

ユッキー(諭吉)の墓参りに向かう途中の裏話だが、
電車の都合で(←あくまでも電車のせい!笑)、
15分遅刻して麻布十番に到着した。

私は電車の中で億人28号に次のようなメールを送った↓

「半田氏によると空間に奥行きがあると思うのは錯覚らしいです。
距離はないと思うようにします」

そして、往復の電車の中で作った記事を載せておく↓

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距離が存在しないなら移動の必要もなければ、
時間が掛かることもなく遅刻も有り得ないのだが……。

霊界でも空間や時間があるように見えるが、
空間や時間の移動が自由自在なので本質的には存在しない。

ということは、その投影である物質界も本質的には
時間も空間も実在ではないと言えるかもしれない。

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「魂は肉体に宿っていない」という持論を度々書いているが、
これはあくまでも「内外反転」の認識による感覚的なものである。

また、「魂はこの宇宙全体に遍在している」とも書いてきたが、
これも同じく「内外反転」の認識による感覚である。

つまり、魂とは宇宙そのものだと言えるのだが、
これは「天人合一」の体験からも言えることである。

astral2.jpg

半田広宣氏によると、
3次元の空間に奥行きがあるように見えるのは錯覚で、
実は平面(2次元)の世界だという。

「シリウス革命」と七夕の御用
http://new-mu.seesaa.net/article/368729319.html

私も固定観念があるので、
その話を聞いた瞬間は「そんな馬鹿な!」と思った。

実際に距離は存在するし、「近い・遠い」というのも
単なる感覚ではなく測れるものである。

HakusanMirrorGate3R+1000t.jpg

だが、距離があるという思い込みにより、
そのような現実を創り出していると言われると、
そのように感じられなくはない。

オコツトが言う「無限遠点」というものを、
私は昔から感覚的に感じることがあった。

特定の何かに焦点を合わせずに、無限に遠い地点、
つまり宇宙の果てを見るように一点を見つめる訓練を、
私は小学校の頃からやっていた。

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それによって、無限遠点は自分の位置だということを、
いつの頃からか漠然と感じるようになっていたので、
この宇宙は奥行きのない平面だということは、
信じられないが理解は出来なくはない。

そうすると、魂は平面の存在ということになる(笑)

だが、半田氏によると幅というのも錯覚に過ぎず、
奥行きと同様に幅もミクロに圧縮されたものが、
物理学で「素粒子」と呼ばれているだけだという。

要するに、奥行きや幅、
つまり空間が存在すると思っているのは自我であり、
それが意識進化を妨げている大きな要因だという。

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その話はまた別の機会にするとして、
まずは奥行きを圧縮して、
この世をスクリーン(2次元)と仮定してみよう。

魂が見ている夢の世界が「この世」だとすると、
この世が2次元であることが理論的には理解が可能である。

夢を見ている時、奥行きと幅のある空間だと認識しているが、
夢というのは一種の映像であり、2次元のスクリーンに
潜在意識が投影しているものだからである。

だが、それはイメージ的に2次元のスクリーンなだけであり、
そのようにしか表現できないからそう言っているだけで、
実際に2次元のスクリーンが存在しているわけではない。

もちろん、これは霊界を度外視した説明だが、
話が複雑になるのでとりあえずはそれを前提に説明する。

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睡眠中に見る夢のことを考えれば、
魂というのは宇宙の外側にあるのかも知れない。

魂が見ている夢が、この世界(宇宙)だからである。
そうすると、私の「内外反転」の感覚も説明がつく。

イメージしてもらいたい。

夢を見ている時、夢の世界は自分の内側だろうか、外側だろうか。
外側の出来事だと答える人はいないだろう。
つまり、この世界(宇宙)は魂にとって「内側の世界」なのである。

私が自分の外側の世界を「内側」と認識しているのは、
真我(魂)の意識に目覚めかけている証拠だと言えるだろう。

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もりけん氏は高次の存在にこう言われている。

「本当の内側は、
本当の外側に行かないと行くことができません。
しかしあなたは今、時間の空間にいます。
空間的に考えられる外側ではありません。
流れそのもに載った時、あなたはいつでもここにいます」


「内側」と「外側」は人間の視点で説かれているはずだが、
「本当の内側」と「本当の外側」とは何を意味するのか……。

「本当の外側」とは肉体の外側ではなく、宇宙の外側、
つまり、夢を見ている魂の外側の世界のことであろう。

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真我が見ている夢の中の自分が、今の人間の自分である。
自分が夢を見ていることをイメージすれば分かると思う。

夢の世界の外側、つまり、
夢を見ている真我の外側の世界が「実在の世界」であり、
それは今の自分の「内側」からしか行けないということである。

「内外反転」の理論から言うと、
肉体の内側が「外側の世界」である。

それは本当の外側ではないが、本当の外側に行く為には、
まず外側(肉体の内側)に入らなければならない。

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だが、もりけん氏が遭遇した天使は
「本当の内側は本当の外側に行かないと行くことができません。
空間的に考えられる外側ではありません」と言っている。

宇宙の果てまで行っても宇宙の外には出られない。
私の感覚からすると、宇宙の果ては宇宙の中心で、
それこそが自分の肉体であり、その中心が胸である。

また、坂本政道氏も体外離脱体験により、
宇宙の中心には宇宙の外に出る穴があるというが、
私から言わせれば、それは体内離脱(インナートリップ)
で自分の胸を入口とする大宇宙の中心なのである。

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もりけん氏は天使にこう質問している↓

「ここは私の肉体から最も遠い地点なのでしょうか?」

それに対して、天使はこのように答えている↓

「空間的遠いという質問でしょうか。
ここは空間ではありません。時間次元です。
時間の流れの中でしか遭遇できません。
その代わり流れに乗れば距離はゼロです」


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さて、自分がいる「この世」は真我が見ている夢なのだから、
1人1人が異なる世界に住んでいることは理解できると思う。

この世の人間の夢とは違って、
真我は自他一体なので共通の夢を見ている為、
人類は同じ1つの世界に生きているように感じているのだ。

例えば、A氏とB氏が一緒に月見をしているとする。

2人が同じ月を見ていることは確かだが、
それは同じ夢を見ているということであって、
それぞれ自分が映し出している月を見ているからで、
AとBは別の世界に住んでいるからである。

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自分の世界には自分しか存在せず、恋人は自分の投影で、
恋人にとっては自分は恋人の投影である。

そして、その自分さえもが、真我が見ている
夢の中の登場人物であり、実体ではないのだ。

即ち、真我の投影であり、真我(魂)と自我(心)が
別物だという私の主張も理解できることと思う。

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もちろん、魂も「心」だが、いま生きている自分の心とは
別ものだということが分かるはずだ。

投影なので別ものではないが、別ものと表現するのが適切で、
それ故に「心」と「魂」という言葉で区別されているのだ。

「汝の魂は宇宙の外にある!」というタイトルにしたが、
魂が宇宙を内包しているとも言える。

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その魂(真我)の姿はユングが視たヴィジョンのように、
夢の中(この宇宙)に存在する自分の姿と同じなのかも知れない。

私は「魂に姿形はない」と言っているが、
それは「本当の外側」の話ではなく、
内外関係なく、宇宙レベルでの話である。

この空間概念は時間概念とも関連し、
理論的にだが時空の謎が徐々に解けてきたので、
改めて記事にする予定だが、次回は
「無限遠点」の認識を獲得するメソッドを紹介する。


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posted by ZERO at 22:47| Comment(3) | 精神世界・心理学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
真理は永遠の闇と孤独と説く者です。
あなたはよく人間の、いや宇宙の真理を理解してらっしゃいますね。
まだまだだとは思いますが。
でも文章がわかりやすく上手です。
たまに読むと面白いですね。
Posted by 闇わたぼう at 2014年04月28日 19:12
闇わたぼうさん、こんにちは。

そうですね!
真理は知れば知るほど謎が深まるので、
真の意味での悟りは永遠にないかも知れません。
だからこそ面白いのですけどね^^

私の文章は複雑で煩雑だと自分で感じる時がありますが、
わかりやく楽しく読んで頂けて感謝します^^
Posted by ZERO at 2014年05月01日 19:55
わたしも長年思っていましたよ〜
「本来あるはずないのに縦横奥行の〜空間?〜を
つくりだしてあるのはなぜなんだろう」
ってね、それは一体何者がなんのためなんだろう、ってね、、、。
中年もとうにすぎてるのに狂っちゃったのかしらと悩み・・・。

zeroさんのような方がいらしてホントに良かったです。
わたしの鏡なんでしょうが、お礼をいいたいです!

Posted by なば at 2017年05月20日 22:51
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