2013年11月03日

ZEROの真我覚醒の軌跡A

「ZEROの真我覚醒の軌跡」
http://new-mu.seesaa.net/article/378468185.html#more
を少し掘り下げた内容だが、私が27歳の時に
「天人合一」を体験するに至った経緯を記しておこう。

私は小学校を転校してから怒りと悲しみの人生を歩んできた。

もちろん、日々の生活の中では楽しいことや
嬉しいことも沢山あったが、心の底は闇が支配していて、
世の中に対する恨みと呪いで対象は無差別で、
狂気の暴君としての道を追求し続けた学生時代だった。

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そして、大学に進学することになり、
私がオーストラリアに行っている間に
魔鬼が浮気をしたことを知り、
かつてない怒りと悲しみが私を襲った。

それ以前に体験した怒りや悲しみも、
それ以降に体験した怒りや悲しみも、
すべてその一点に集約された。

いや、悲しみから自分の心を守る為に、
怒りに転換していたといえるだろう。

それで、18歳の夏から26歳の夏までの8年間、
その男に対する激しい怒りの念を持ち続けた。

その男が他界したという噂が耳に入っても、
私の怒りは全く治まることはなく、
全盛期ほどではないが爆裂する日々だった。

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同棲して7年以上が経過し、すれ違いも多くなってきて
一緒にいる意味を感じなくなり、お互いに新しい人生を
歩んだ方が良いという想いを持つようになっていた。

だが、強い情に縛られていて別れる決断が出来なかった。
その選択に迫られている時期だったが、
自分ではどうすることもできずに悩んでいた。

また、あの男に対する積年の大怨で自分を苦しめ、
魔鬼をも苦しめていたことを自覚していた。

ところが、最愛の魔鬼が家を出て行った瞬間、
私の心は呆気なく晴れて成仏してしまった。

自分が建てた家に執着して死んだ人が、
死後もその家に住み着いて自縛霊になったが、
火事で家が全焼したことで執着心が消え失せ、
霊界に昇っていったという話とよく似ている。

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バシャールが説く「輪ゴムのアナロジー」に該当すると思う。

「輪ゴムのアナロジーとは、輪ゴムを闇の方へ強く引っ張った分だけ、
それをついに手放す決断をした時には、それははるか遠くへ、
しかも素速く、反対の方向へと飛んで行くということです」


ネガティブな方向に突き進み、限界まで来た時に
一気にポジティブに反転するという原理である。

「陰極まって陽となる」という言葉の通りで、
「煩悩即菩提」という言葉にも当てはまる。

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要するに、極限まで苦悩した末に、
何かのキッカケで吹っ切れてしまうということだが、
それは偶然に起きた出来事ではない。

私は動物性食品を避け、少食を基本として断食も定期的に行ってきた。
悪想念にまみれて悪行三昧だったが、想念の浄化や善行も行ってきた。

それは善悪のバランスをとる為の人間の本能で、
霊体意識(正守護神)から発せられる「良心」である。

この世は「結果の世界」であり、行為だけではなく、
行為の元となる想念すらも潜在意識の結果であり、
想念も行為も自分ではどうにもできないことである。

だからと言って、そのままで生きれば良いということではない。
「流れに任せる」というのはそういう意味ではないし、
「ありのままでいい」というのもそういう意味ではない。

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私は幼少の頃から霊性を高める向上心を持ち、
自分なりに想念の浄化に努めて生きてきた。
悪魔に支配されていた時も、本質的にはそれは変わらなかった。

そして、私は苦悩の果てについに神頼みをしてしまった。
と言っても、自分ではどうすればいいのか分からないので、
選択と結果も神任せである。

ESP指導所の巨大念玉に「なるようにして下さい」と願った。

今の私が戒めている「お願い系」の神頼みだが、
「こうして下さい」という願いではなく、
神に全託して結果もお任せという祈りである。

この時はESPパワーの源を外在神として認識していたが、
今は「内在神」として認識している。

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それから間もなく、魔鬼の方から質問系で泣きながら
別れ話を切り出され、私は思わず
「出ていけ!」と言ってしまった。

念を押されたが、私の返事は同じだった。
そして少し沈黙があり、私は「終わった」ことを感じた。

ついに言ってしまったが、これで良かったのだろうか、
本当に出て行かれたらどうしよう……
という不安と恐怖もあったが、期待と希望のような気持ちもあった。

そして、魔鬼は出て行ったのだった。
私はもともと気づいていたが、その数年前から客の男性と交際し、
半同棲している家があって求婚されていたという。

やはり、神に全託した結末で正解だったのだ。
恐らく、自分の意志で選択するとなると、
別れることは出来なかったと思う。

私は魔鬼の新たな人生を祝福した。
その後も普通に連絡のやり取りはしていて居酒屋にも誘われた。
その時に「週に一度は一緒に食事しよう」と言われたが、
それ以来、誘われることはなかった。

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それと同時に、今まで親しかった悪友が自然に離れていき、
ビジネスの人脈にも変化が起きた。

部屋の様子も透明感を感じ、
明らかに別世界に来たような妙な感覚を覚えたが、
別の「パラレルワールド」に移ったのだと思われる。

ちょうどその頃に、名古屋の知人の会社からオファーがあり、
魔鬼と別れていなければ名古屋に移住する決断も出来ていなかった。

内観セミナーなどでは、真我に目覚めると
苦悩から解放されて人生が好転すると言われており、
そのような体験談をよく目にするが、
その時の私はまさにそのような状態だった。

だが、それは幽界の意識から脱却しただけで、
真我の覚醒には至っていない。
その時の私も悪想念から解放されただけで、
潜在意識が浄化されたわけではないことは分かると思う。

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【3次元の世界】

人間界(投影の世界)
-----------------------------------
【4次元の世界】

幽界(囚われ領域)
霊国(信念体系領域)
天国(輪廻転生地点)

-----------------------------------
【5次元の世界】

極楽(実在領域)
-----------------------------------
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真我の覚醒とは、5次元の意識に目覚めることである。

「天国」と「極楽」は一般的には同義語だが、
スウェデンボルグが言う「天国」は「輪廻転生地点」のことである。

また、極楽浄土は阿弥陀仏の世界なので、
輪廻を解脱しているという意味で、5次元を「極楽」と定義した。

3次元意識を「自我」、4次元意識を「潜在意識」、
5次元意識を「真我」と言い換えても良い。

そして、真我の投影が自我だが、潜在意識を通して投影される為に、
潜在意識が汚れていると自我に悪想念として投影されるのだ。

そして、その悪想念が悪行という行為となるのである。
従って、改心して悪い行いは止めようと思っても、
悪想念を浄化しなければ無駄なことである。

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だが、どれだけ悪想念を浄化しようとも、
その原因である潜在意識を浄化しなければ意味がなく、
昔の私はそのことをよく理解していなかった。

想念の浄化や解放を説く人が多いが、
それは雨漏りの原因の穴を放置したまま、
揺れた床を一生懸命拭き続けるようなものである。

「真我に目覚めた」と感じる人の多くは、
一時的に幽界から抜け出しただけで、
霊国か天国の意識レベルのどちらかである。

霊国(信念体系領域)について、
宗教的な信念について説明されることが多いが、
宗教に限ったことではない。

真理から外れた信念を強く持っていれば、
その領域から抜け出すことはできない。

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ここでは宗教を例にするが、例えば特定の宗教の熱狂的な信者が、
内観で浄化されて「真我に目覚めた」と感じることもあると思うが、
もしその宗教に対する熱烈な信仰心が消えていないとしたら、
霊国(信念体系領域)ということになる。

そのような人は「もともと信念体系領域ではないのか」
と思うかも知れないが、そのもともとの心の状態が、
ネガティブな感情に囚われていれば幽界にカテゴライズされる。

それ故に、幽界(囚われ領域)から脱却して
霊国(信念体系領域)に上昇することで、
「真我に目覚めた」ような気になるだけなのだ。

確かに、真我に一歩近づいたことには違いないが、
私は先ほど「一時的に」と書いた。
人間は内観を続けていないと、
すぐに幽界の意識レベルに戻ってしまうものだからである。

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さて、元の話に戻すが、私は「輪ゴムのアナロジー」によって、
天国の意識レベルに到達したことを実感した。

それは少しずつ努力して浄化していったのではなく、
あたかも一瞬にして反転したかのように見えるが、
その反転が起きるまでの経緯を見れば、
決してそうではないことがお分かり頂けると思う。

念の為に言っておくが、
ここでいう反転とは「内外反転」のことではなく、
「ネガティブからポジティブへの反転」という意味である。

そして、近所の本屋に行った時に何冊かの本を買った。
その時に買った内の3冊が、知花敏彦氏の本2冊と
ネオデジタル内観の『絶対変革』だったと記憶している。

帰宅してから『絶対変革』を見てみると、
パソコンの話が出てきて意味不明なので放置することになった。

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そして、ヒマラヤやピラミッドの地下で修行し、
宇宙意識に到達したという知花氏の本を読んで、
「真我(神我)」と「自我(偽我)」の知識を得た。

私は既に真我に目覚めているのではないかと思ったが、
よく読むと知花氏は「宇宙即我」の真理を説き、
自分が宇宙から分離した存在だという観念が自我とのことで、
「私はまだ真我には目覚めていない」ということを自覚した。

知花氏の本を読んでいると、それだけでも
宇宙即我(天人合一)の境地に到達しそうな感覚を覚え、
何度も繰り返し読んでいた。

「宇宙即我」の説明を読んで、私はあることを思い出した。
それは隈本確の神霊術の1つである「体術」である。

この体術については改めて紹介するが、
私が「宇宙瞑想」と名づけた内観の一種である。

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私が32歳で真我に目覚めたキッカケは、
27歳で「天人合一」を体験してから2年間、
不食や瞑想などの仙人修行を続けてきたが、
結局は「ネオデジタル内観」をせざるを得なくなり、
それから1年間は仏教修行と魔界戦争を体験した。

その3年後に啓示によって黄金太陽の謎を解明し、
5次元の入口を発見したのだが、
それは「体術」を数学的に理解することに繋がり、
「内外反転」の認識が生まれて真我覚醒に至った。

体術は一種の瞑想で危険が伴う為、
「未成年者や精神的に問題のある人はやらないように」
と注意書きがされていたが、
極度の精神不安定だった小学校5年の時に、
私はこの体術にもチャレンジしていた。

それによって悪霊との精神的なパイプが太くなり、
精神を冒されて支配されるようになったのだと思うが、
それも見通しの神に与えられた苦行だったと確信している。

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さて、幽界から脱却した26歳の時の私は、
低級霊と波長が合わなくなったので、
体術を行っても大丈夫だという自信があった。

書き忘れていたが、私は小学校5年の頃から
ずっと金縛りで苦しめられてきたが、
私が成仏した日からピタッと金縛りに遭わなくなった。

そして、ある時は「ESPテープ」を聴きながら、
ある時は「アルファシータ」を聴きながら、
体術(宇宙瞑想)を行なっていた。

いわゆる「内観」とは全く異なるメソッドだが、
「内なる大宇宙」をイメージする瞑想なので、
これもある種の内観だと言っても間違いではない。

むしろ、内観を深めて超越的な領域に入ると、
自然に体術(宇宙瞑想)に繋がっていくものである。

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それから約半年後の27歳の春頃(2005年の2月〜3月)、
極貧で食事も飲酒も出来なくなり、
電話も止まって誰にも連絡ができない状態になった。

それから約20日間、水とサプリメントだけを摂取して、
1日の殆どの時間を宇宙瞑想で過ごすこととなった。

最初から日数を設定していたわけではなく、
約20日後にリアルな天人合一(宇宙即我)を体験したのだ。

3日〜1週間程度の断食は何度も繰り返してきたが、
アルコールなしで約20日間の断食はかなり過酷だったので、
脳波をシータ波にして、ひたすら瞑想をするしかなかった。

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瞑想と睡眠の区別がない状態で、
睡眠は瞑想中にしている感じで瞑想に耽っていた。

長期の断食中は睡眠時間が短くなるので、
実際に1日20時間近く瞑想していたのではないかと思われる。

起きているのか寝ているのか分からない、
生きているのか死んでいるのか分からない、
そんな意識状態が続いていた。

もちろん、それでは心身のバランスを崩すので、
日の出の太陽瞑想や散歩、腕振り運動などの日課は続けていて、
1日に数時間は起き上がって動いていた。

私の宇宙瞑想は「体術」を発展させたものだが、
胸の扉を開けて大宇宙をイメージするところから始まる。

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だが、瞑想が深くなると、そのようなイメージも消滅して
半睡状態となるか、無我の境地(幽体意識の覚醒)となる。

半睡状態(レム睡眠)だとしたら、
その描いた宇宙のイメージが夢になることもあるだろう。

それが明晰夢(明確なヴィジョン)だとしたら、
この3次元よりも「現実」だと言えるかも知れない。

夢を見ている時も「幽体意識の覚醒状態」と言えるが、
これは通常のシータ波である(デルタ波に近いと思うが)。

一方、いわゆる思考停止の無我の境地の時は、
明確な幽体意識の覚醒状態で「覚醒シータ波」と呼び、
この時に体外離脱が起きやすいものである。

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どちらも紙一重なので、体外離脱をして霊界探訪をしても、
それがいつの間にか明晰夢になっていることもある。

さて、私はある時、ふと気がつくと、宇宙空間を漂っていた。
イメージではなく、夢や幻覚でもなく、現実そのものだった。

だが、この時の私の神秘体験はそこからが始まりで、
いつの間にか私の体が消滅して意識だけの存在となった。

今となってはハッキリと覚えていないので、
少し適当なことを書くかも知れないが、
夢や幻ではないことは確かだった。

明確に自分の意識が存在したが、私の姿形は存在しなかった。
まるで自分の体が蒸発して宇宙に溶け込んだような感覚で、
この奇妙な感覚こそが天人合一(宇宙即我)なのだ。

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自分の固有の姿形が存在しない為、
「私は宇宙である」という感覚である。

また、自分の意識は「ここ」に存在するのだが、
自分の姿形がない為に「どこに自分がいる」とか
「どこからどこまでが自分」という感覚がなく、
宇宙全体が自分ということを認識する体験である。

意識だけの存在は「魂」なので、天人合一というのは、
5次元ボディ(霊体)を脱いだ「6次元」ということになる。

その体験から半年後くらいに、もりけん氏も
中国の仙人修行で「天人合一」を体験したことを知った。

本を読んだ限りでは、体験した内容はほぼ完全に一致し、
もりけん氏も「6次元」と定義している。

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真我覚醒後は度々「天人合一」を体験していたが、
最近はまともに瞑想する時間もなく、
睡眠時間も短くて爆睡しているので、
こういった体験をすることが殆どなくなったが、
日常的に「天人合一」のような感覚を漠然と持っている。

「天人合一」は6次元の真我の体験だが、
初めてこの至高体験をした時、
「真我に目覚めた」とか「悟りを開いた」とか
「自他一体を感じるようになった」という変化はなかった。

要するに、超越瞑想による一時体験に過ぎなかったのだが、
世界観や意識の変容は確実に起こった。

あまりよく覚えていないが、
この「天人合一」を体験することを目的に
20日間の断食瞑想をしたわけではなかったと思う。

「天人合一」は体験してみたいとは思っていたが、
約20日間の断食瞑想は流れの結果であり、
見通しの神(ハイヤーセルフ)に仕組まれていたのだろう。

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体術は「内宇宙」をイメージするものなので、
体外離脱をして宇宙空間に飛び出したのではなく、
インナートリップ(体内離脱)だったはずである。

その内宇宙に入った私の姿が消滅して意識だけとなり、
宇宙と融合して「宇宙即我」の状態となったのだが、
これは霊体が消滅した6次元の体験である。

インナートリップした以上、
その大宇宙というのは私の肉体なので、
結局はこの「私自身」ということになるが、
その身と魂が一体化した状態を「身魂」と呼ぶのだ。

「ミタマとは臣民の申す身魂でないぞ、
ミタマとは身と魂と一つになっているもの言うぞ」

(日月神示)

人間として生きている間に7次元に到達すれば、
その状態をリアルに体験できるようである。

7次元メッセージと肉体を持つ神々の謎
http://new-mu.seesaa.net/article/375476072.html

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posted by ZERO at 17:58| Comment(2) | ZEROの解体白書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
五井野正氏は七次元よりの使者と自身で言っておられました。次元は七次元までとも言っておりました。
Posted by 夜血 at 2013年11月03日 23:33
夜血さん、こんにちは。

五井野氏は七次元よりの使者ですか〜!
五井野氏が説く法華経を聞いてみたいです^^


この記事に全体的に所々の加筆をしました。
Posted by ZERO at 2013年11月04日 02:32
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