2013年11月06日

反省したら幽体離脱した人の話

タイトルの通り、反省したら幽体離脱した人がいる(笑)

「宇宙即我」で検索すると以下のブログにヒットし、
内容が気になったので読んでみた。
http://www4.synapse.ne.jp/renshuan/sokuware.htm

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以下、転載↓

宇宙即我の体験

今から31年前(1978年ごろ)、
~行生活を学ぶ主人が、
その日に読んだことを一日のまとめとして
夕食後に話をすることが日課となっておりました。

覚えたての~行生活の話を聞いたり、
本を読むのが自然と楽しくなっていました。
私も就寝前に一日の反省をして
『心行』を音読していました。

そんなころ、不思議な体験をいたしました。
自分の体を、もうひとりの自分が
高いところから視ているという体験です。

ある日曜日の夜、
一週間の反省と禅定をした後、
布団に就いてしばらくすると、
自分がどんどん大きくなっていくのが、
はっきりと分かりました。

大きくなった自分の視界はどんどん広がり、
やがて、すばらしい景色に変わりました。
見渡す限り障害物はなく、
広々とした明るくて美しい景色でした。

大きくなった自分は、
高くて広々とした明るいところにいますが、
足元には普段の自分の体が
四畳半の寝室で横になっているのも視えていました。

そのような体験が一度きりなら
夢として片付けたかもしれません。しかし、
大きくなった自分が部屋で横になっている自分や
座っている自分を視ることが幾度かありましたので、
主人に話しました。

「宇宙即我だろう。
もう一人の自分を視ていたのは意識体の眼で視ていたんだ」

と即答されました。
宇宙即我とは言葉(用語)では認識していましたが、
自分が体験させられるとは思ってもいませんでした。

ある日、託児所の幼児たち4人を連れて、
大塚山公園に行きました。
(現 鹿屋市串良町
標高108m 公園の頂上にある展望所で、
北方に霧島連山が、西南には薩摩半島の開聞岳まで眺望できる)

主人が

「宇宙即我を体験しているときの景色は、
ここからの眺めと似ているかね」

と言います。

「もっと高いところから眺めていました。
あの柏原海岸の松林が志布志までずっと視えました。
畑で仕事をしている人は黄金虫(こがねむし)のように視えました。
自動車はマッチ箱のように視え、私のひざ元を通って行きました」

「高隈山はどんなに視えたね」

「私は東の方を向いて禅定しましたから、
西の方は視ていません。
だぶん、大きくなった私には、
座椅子の背もたれのようになっていたかと思います」

自分が体験したことですが、
言葉にして説明するのは困難です。
大きくなったといえば、
スウィフト原作「ガリバー旅行記」の
小人の国が有名ですが、それとも違います。

もっと大きく……。
上手な説明はできませんが、
私は体験によって「~行の大切さ」を悟りました。
宇宙即我の体験も、守護佛や指導~の証だと思います。


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これは宇宙即我(天人合一)などではなく、
単なる体外離脱(幽体離脱)だが、
体が大きくなったというのがよく分からない。

体外離脱はトランス状態の時に可能となるが、
日常生活を送りながらのトランス状態は別として、
一般的に言うトランス状態は「フォーカス10」
と「フォーカス12」の意識状態である。

【フォーカス10】

体は眠っているが意識は明らかな状態

体が眠っているということは、
肉体意識(自我)が消滅している状態である。

即ち、日常の顕在意識が眠っている状態なので、
意識が明らかというのは幽体意識(潜在意識)のことである。

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Wikipediaの「トランス」の説明と比較してみよう。

「催眠によって表層的意識が消失して
心の内部の自律的な思考や感情が現れるもの」


説明は不要だと思うが、念の為に解説しておこう。

表層的意識とは顕在意識(肉体意識)のことで、
それが消失することによって、潜在意識
(幽体意識=心の内部の自律的な思考や感情)
が覚醒するということである。

文章にすると複雑に見えるが、単純な話なので理解してもらいたい。

顕在意識(肉体の思考や感情)は、
潜在意識(幽体の思考や感情)の投影である。

そして、顕在意識(肉体の思考や感情)が消滅すると、
潜在意識(幽体の思考や感情)が覚醒するのである。
自我(自分の意識)が肉体から幽体に
シフトするという言い方をしても良い。

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この時、肉体の目は瞑っているはずなのに、
部屋の様子がハッキリと見えることもある。

また、体が宙に浮いている感じがすることもあるが、
この時に幽体離脱(体外離脱)も可能となる。
というよりも、
既に幽体が肉体から少し外れている状態だと言える。

瞑想や体術を習慣にしている人は、
すぐにこの状態になることができるが、
肥田式腹式呼吸法でも簡単にこの状態になることができる。

この「フォーカス10」の意識状態は、
隈本確が教える「体術」の基本でもあり、
ヘミシンクを聴かなくても容易に到達可能である。

「わたしのいう体術とは、肉体人間でありながら、
肉体がもつあらゆる力やエネルギーを完全に消滅する方法である。
すなわち、肉体をもった人間でありながら、
肉体のもつパワーのすべてが静止して、
心、精神のみの状態に切り替わってしまったとき、
その技術を体術と呼ぶのである」


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体外離脱をせずに更に深い意識状態になると、
チャネラーや神憑りなどのトランス状態となるが、
それが「フォーカス12」である。

【フォーカス12】

意識が拡大した状態。自分のガイド、守護霊、ハイヤーセルフ
などと呼ばれる知的存在とのコミュニケーションが可能になる。
これができるかどうかでその人の霊的成長に大きな差が生まれる。


ハイヤーセルフとコミュニケーションできるということは、
「フォーカス12」は霊体意識なのかというとそうではない。

霊体は5次元の体なので、霊体意識が覚醒するということは
「真我覚醒」ということになる。

だが、フォーカス12の意識状態になったからと言って、
真我が覚醒したなどということは絶対にない。
従って、フォーカス12も幽体意識ということになる。

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そもそも、フォーカス27(天国・輪廻転生地点)
までは4次元で、幽体を持った存在である。

そして、幽体を脱ぐと輪廻の世界(4次元)を解脱して、
霊体となって5次元(フォーカス28〜35)に上昇するのである。

そこは輪廻を解脱した世界なので「極楽浄土」と表現できる。
「涅槃」も輪廻を解脱した世界なので5次元と言えるが、
5次元の存在たちが皆、涅槃の境地なわけではない。

涅槃寂静は1つの状態であり、人間でいうノンレム睡眠のように、
そのような時もあるかも知れないが、
5次元の世界というのは基本的に歓喜に満ちた活動力の世界で、
まさに「極楽浄土」の名に相応しい世界である。

その最上界のフォーカス35に、
自分の霊魂の本体である「トータルセルフ」が存在し、
それを浄土宗や浄土真宗で「阿弥陀仏」というのである。

従って、南無阿弥陀仏とは
「5次元の本体の自分に帰依します」という意味で、
まさに人生の目的を言い表した言葉である。

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トータルセルフは「ハイヤーセルフ」の集合体でもある。

トータルセルフが幾多の分身を人間界に送り込み、
その霊魂が輪廻転生を繰り返した末、
5次元に帰還すると元通りにトータルセルフと合体するという。

だが、分身である霊魂の個性はそのまま存続し、
トータルセルフから分離して活動することも自由自在で、
それが「ハイヤーセルフ」と呼ばれているものである。

ハイヤーセルフは「過去世の自分」だと言われているが、
過去世で輪廻を解脱して5次元に帰ったのに、
なぜ再び人間界に転生して現世の自分が存在するのか……。

また、そのハイヤーセルフが転生したのが現世の自分のなら、
5次元にハイヤーセルフは存在しないことになるはずだが……。

この問題はまず、過去・現在・未来を時系列的に考えてはならず、
無数の輪廻転生による人生が同時存在しているということである。

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また、ハイヤーセルフそのものが人間界に転生しているわけではなく、
そのハイヤーセルフの更に分身(投影)が自分の霊魂であり、
その霊魂が眠りに就いた瞬間に人間界に誕生すると考えられる。

その生涯を終えても幽体意識が覚醒するだけで、
輪廻を解脱するまでは霊魂は眠ったままなのだ。

私は常々「真我=魂」と言っているが、
先ほどは「真我=霊体意識」と書いた。

どういうことかと言うと、「真我=魂」というのは間違いではないが、
霊体を脱いだのが魂で、それは姿形のない6次元の宇宙意識である。

5次元では霊体を持っているが、
とりあえず5次元の意識レベルに到達した時点で
「真我覚醒」と呼べるからだ。

また複雑な話になるが、魂(真我)が姿形のない
宇宙意識であることは確かだが、本当の外側の世界では、
その魂(真我)は今の自分と同じ姿をしていて、
その魂(真我)眠りに就いて見ている夢の世界が、
いま自分が生きている宇宙である可能性がある。

ユングの神秘体験を読んでから、
そのことをよく空想しているのだが、
時間と空間の謎を考えると無視できない問題でもある。

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さて、本題に戻すが、「体術」がフォーカス10の
意識状態を作り出すことは理解できたと思うが、
そこからフォーカス12の意識状態に入るのが体術の目的である。

「あなた自身の胸中に開かれた満天の星空、繰り広げられた体術の中で、
あなたは静かに、無言の言葉で、いろいろな霊人を呼び寄せたり、
語り合うことができるはずである」


もちろん訓練は必要で、
日頃から想念や潜在意識を浄化することも欠かせない。
幽界霊と波長が合ってしまう危険性があるからである。

もちろん、潜在意識の完全浄化は簡単ではないので、
とりあえず「体術」を行う時にはネガティブな感情を手放して、
「われ最高の神なり」と唱えれば心配はない。

「フォーカス10」のヘミシンクCDのガイダンスでも、
腹式呼吸で古くなったエネルギーを吐き出して
新しいエネルギーを吸い込み、
ネガティブな感情を箱に入れて遠ざけ、
光のエネルギーを体に循環させるイメージをする。

多分そのような内容だったと思うが、そうすることによって、
幽界霊の憑依を受けない為のエクササイズがある。

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27歳の秋頃、しばらく聴いていた時期があるが、
それだけで体外離脱をする体質になってしまった。

多くの人は、明晰夢のような感じでヴィジョンを視るようだが、
私はヘミシンクCDを聴かなくても、普通に眠りに就く瞬間に
体に微振動が起きて体外離脱をするようになった。

離脱未遂も多かったが、離脱の前兆は必ず起きるようになった。
もっとも、眠りに入る段階では、
誰もがフォーカス10や12の意識状態になるのだが、
通常はそれを維持するということはない。

その状態を維持している時の脳波を「覚醒シータ波」と呼ぶが、
要するに「トランス状態」のことである。

インスピレーションを得たり、高次の存在と交流したり、
体外離脱などの神秘体験を通して解脱し、
真我を覚醒させる為に古来より禅や瞑想が行われてきたのだ。

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日常生活の中でのトランス状態では、
シータ波ではなくアルファ波〜ミッドアルファ波だと思うが、
もちろん、普通に起きて動いている時に体が眠っているとか、
霊的存在と交流できるということはない。

ただ、自我(肉体の思考や感情)は稀薄であることは確かである。
それを良くないことのように言う人もいるが、
真我が半覚醒しているのだから自我が半睡状態になるのは仕方がない。

オコツトも「意識進化とは自我の消滅」と言っている通り、
日常的なトランス状態は意識進化のプロセスなのだ。

魂クリの天翠氏も、
「食事改善」と「マインドを薄くすること」は、
本人の仕事だと説いている。

ちなみに、普段から霊の姿が視えたり
霊の声が聴こえる場合は、幽界霊による雑霊現象である。

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さて、トランス状態(フォーカス10〜12)は幽体意識だと書いた。

では、日常的なトランス状態(自分を客観的に観ている自分)も
「幽体意識」ではないのか、という疑問が発生する。

日常的なトランス状態で生きている人が、
世の中にどれだけいるか分からないが、
その多くは「幽体意識」の可能性はある。

だが、私の場合は、魂が肉体に宿っていないという感覚があり、
肉体の外側から自分を観察しているような感覚があるので、
魂(真我)の視点が反映されていることを感じていると解釈できる。

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本題はまだこれからだが、
フォーカス12は「意識が拡大した状態」と説明されている。

意識の拡大といっても漠然としていて、
色々なパターンが考えられるが、
意識がMAXに拡大したのが宇宙との一体化
すなわち「天人合一」だと言える。

そうすると、体外離脱をして体(意識)が拡大し、
高次元のような所から人間の自分を見ているというのは、
「天人合一」の初期段階と言えるかも知れない。

もちろん、天人合一(宇宙即我)には到達していないが、
意識の拡大が幽体や霊体を拡大した現象ではないかと思われる。

何故、あのブログ主はそのような体験を度々しているのかと言うと、
寝る前に内観(1日の反省+禅定)を習慣にしているからである。

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1日は一生の雛型であり、睡眠は死の予行練習である。

死ぬ前に大切なことが反省だとしたら、
寝る前に1日の反省をすることは人間の努めだと言える。

そうやって、潜在意識を浄化しながら眠りに就くことを
習慣にしていれば、神秘体験が起きても不思議ではない。

私は29歳〜30歳の頃、
ゼッテン116(高周波発信装置)をかけて、
ESPテープを聴きながら1日の反省をして眠りに就いても、
強烈な金縛りで意識を失って体外離脱をし、
魔界に連れて行かれていた(笑)

そのような話は他に聞いたこともない特殊な体験だが、
寝る前に1日の反省をすることは非常に大切なことである。

◆実践5 日々の反省をとぎらせない
http://world888.seesaa.net/article/170872023.html


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posted by ZERO at 03:02| Comment(4) | 精神世界・心理学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ZEROさんが29か30の時、魔界にルシファー様はいたんですか?
Posted by ルキュエル at 2013年11月06日 04:49
悪のルシファーは今も魔界です。
善のルシファーは天界にいます。
天界と魔界は大ルシファーの体内にあります。
大ルシファーとは宇宙のことです。
宇宙とはルキュエルさんの肉体のことでもあります^^
Posted by ZERO at 2013年11月06日 09:53
高周波発信装置をつけても、自分によっては、合わないとかいうのはありえませんか?

人によって、高周波発信装置をやっても、合うレベルに違うみたいな?
ありえますか?
Posted by rina at 2013年11月06日 16:25
rinaさん、こんにちは。

高周波はイルカの鳴き声やモーツァルトの曲等に含まれている癒しの周波なので、合わない人はいないと思いますよ^^
Posted by ZERO at 2013年11月10日 16:09
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