2013年12月07日

汝、見られていることを意識せよ!

【「明けの明星」と人間の世界観の破壊】の中で、
半田広宣氏の次の言葉を紹介した。

「世界に奥行きを与えてしまう人間の内面の意識が物質概念を増長させ、
他者をことさら意識するようになり、エゴの肥大化を招いてしまうのだろう」


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また、読者からメールで次のような相談があった。

『「アセンションを迎える心構え」
という記事を拝見させていただきました。
この記事の中で意識のマップについて書かれていて、
意識レベルが最も低いのが「恥」でした。
昔からかなりの恥ずかしがり屋で、人前で話す時は異常なほど緊張し、
外を歩いていて人の視線を少しでも感じると落ち着けません。
「恥」の意識レベルが最悪というのは
この記事を読む前から何となく自分でも気づいていました。
 正直、こんな自分が嫌です。自分を変えたいです。
意識レベルを「恥」の状態から
「悟り」に近づけるためにはどうすればいいですか?』


簡単に言ってしまえば、もちろん「ネオデジタル内観」が基本だが、
空間に奥行き認識させている「人間型ゲシュタルト」の破壊の為に、
「瞳光の不睨」「マルチョン瞑想」をお勧めしたいと思う。

ただ、あがり症という場合の「恥」の意識は悪いものではなく、
意識レベルが低いというのとは少し違うので気にする必要はない。
私自身、どちらかというとシャイなタイプである(笑)

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以前、「マルチョン瞑想による天人合一法」のコメント欄で、
「見られているという意識を持つと良い」ということを書いたが、
「それは自我ではないのか」と疑問に思う人も少なくないだろう。

何故、「見られているという意識を持つと良い」
と書いたのか自分でもよく分からないのだが、
コメント欄に書いた通り、私がそうだからである。

私は髪の毛など外見が目立つので、
どこに行っても人々の視線を強く感じる。

歩道を歩いている時に凄く視線を感じ、ふと見ると、
バスに乗っている人たちが一斉に私を見ていたりというのも、
いつものことである。

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それに対して、私は特にどうこう思うことはない。

昔は奇抜な髪やファッションで、人に見られることが快感だった。
逆に、ダサいと思われるのが嫌で、その意味で人目を気にしていた。

だが、今は全くそのようなことはなくなり、
「カッコイイ」と思われようと、「キモイ」と思われようと、
指を指して笑われようと、人がどう思っているかは関係ない。

私を見てどう思うかは千差万別で、人それぞれだからである。

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目立つことは好きだし、実際に目立っているし、
人々の視線はいつも感じているが、
人の目は全く気にしない性格でもある(笑)

要するに、自意識は希薄なので「自我」とは言い難いが、
人に見られていることを意識していることは確かである。
(いや、人が見ていることを認識しているというべきか)

自分なりにお洒落をしてキメている時だけではなく、
髪の毛が寝ぐせでボサボサで、無精ひげを生やして、
ボロボロの家着を着ていても普通に街を歩くこともできる。

私はナルシストとは違うのだが、
ナルシストだと勘違いされることもあるが、
そう思われたとしても別にどうでもいいことである。

汝、スーパーナルシストになって世界を征服せよ!
http://new-mu.seesaa.net/article/374711185.html

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「人に見られる」ということについて、
思い出したことがあるので書いておこう。

内海康満氏の『陰陽の法則』に書かれていた話で、
あまりハッキリ覚えていないので少し適当なことを書くが、
70代の老女のストリパーがいたという。

だが、どう見ても高齢者には見えず、
普通に若くて美しいストリパーだったそうである。

ストリパーは全裸を見せるのが仕事だが、
その老女がストリップを引退すると、
僅か1ヶ月で年齢相応に老け込んで、
全く別人のようになってしまったという。

そういえば、昔、金さん銀さんもテレビに出るようになって、
黒髪が生えてきたという話があった。
見られることが快感であれば、若返りホルモンが分泌されるのだ。
若返るのは蘇生エネルギーなので、それは良いことだと言える。

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逆に、人に見られるのが嫌で、人の評価を気にした場合の、
「人に見られる」または「人に見られている」という意識は、
羞恥心などの低い意識レベルの自我だと言えるかも知れない。

では、前述のストリッパーやアイドルなどの場合は
高い意識レベルかと言うと、決してそういうわけではない。

堕天使ルシファーの物語の如く、自惚れから慢心を生み、
意識進化から脱線して転落することが少なくないと思われる。

そのような人がいる一方で、
誰にも見向きもされずに寂しさを感じている人もいると思うが、
その場合は人に見られていることを意識すると良いかも知れない。

夜中、1人で部屋に居る時も、
「うしろの正面」を意識していれば良いだろう(笑)

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この世は投影であり、自分の世界に他者は実在しない。
他者は文字通り、自分の投影であり、
「他者は存在しないと思え」ということを書いてきた。

そこで「人に見られることを意識しろ」
と言うと、矛盾しているように思うかも知れないが、
要するに「投影の自分に見られている」と思えば良いのである。

もりけん氏は部屋に鏡を沢山置いて、四方八方から
人に見られているような感覚を持って生活しているという。

それを模倣して、私も27歳〜29歳の頃、
部屋の四方に鏡を置いて、窓はマジックミラーにしていた。

部屋の内側からフィルムを貼ったので、窓を見ると自分が映り、
隣の建物からは私の私生活が丸見えの状態である。

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(一人暮らしの場合)私は部屋では全裸で生活する主義で、
カーテンもなかったのでプライベートをさらけ出していた。

全裸で生活していた理由も、それが自然体だからだと思っていたが、
「大気浴」としての効果もあったことを今年に入ってから知った。

大気浴の効用
http://new-mu.seesaa.net/article/364569361.html

自室なので公然猥褻にはならないが、室内での露出狂(笑)

だが、マジックミラーで部屋の中から外が見えないので、
外から見られているという感覚はあまりなかった(笑)

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また、自然の摂理に従って、
夜は電気をつけない主義だが、真っ暗ではなかった。

カルマを解消するDVD「キングダム・オブ・ハッピネス」を
常時リピート再生していたので、TVのモニターの明かりはあった。

また、「パソコン」や「6次元の図」、
「クリスタルファウンテン」の明かりもあったので、
「怪しい空間に怪しい外見の男がいつも全裸で生活している」
と思われていたことだろう(笑)

28歳〜29歳はホテルに住んでいて、貯金で生活していたので、
外出時以外は昼夜関係なく部屋にいたので、
ますます謎の人間に見えたことだろう(笑)

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私は自慰行為をしない主義だが、ホテルに住んでいたので
アダルト番組を付けっ放しにしていた時期もあった。

当時は既に性欲も希薄になっていて、
コントロールも完全にできる状態になっていたが、
性に対する関心を失っっていたわけではない。

それで興味本位もあってAVの番組を見ていたわけだが、
付けっ放しにしていることによって何とも思わなくなり、
むしろ耳障りだったのを耐える修行もしていた。

そして、その部屋で異性人と聖交尾をしていた。
固定の異性人は5人くらいだったが、
それ以外にもたまに新人も遊びに来ていた。

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それも隣の建物の住人から見られていたはずである。
何しろ、「六次元の図」のピンクや紫の怪しい明かりが
灯った部屋だったので、目立っていたと思う。

だが、特に変な意識を持たず、普通に生活をしていた。
しかし、常に「見られている」という意識は持っていた。

欲望のままにそのようなことをしていたわけではなく、
仙道の房中術の修行でもあった。

「反キリ3」でも取り上げて連載記事にしたが、
内海氏の『生命を支配する陰陽の法則』を読むと、
私の行為が両者の意識進化を促していたと思う。

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「見られていることを意識する」ということに話を戻すと、
量子論で「観測されなければ存在しない」という説がある。

コペンハーゲン解釈
http://jinja-bukkaku.seesaa.net/article/185302672.html

つまり、誰にも見られていなければ、
自分はこの世に存在していないことになる。

では、1人で居る時に、目を瞑ったり寝ている間は
肉体が消滅しているのだろうか……。

それは非常に考えにくいが、
観測されることで存在するという理論が事実だとすれば、
真我が自分を観測しているから自分が存在するのだろう。

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その次元の話はさて置き、
人に観測されることで自分が存在するのであれば、
「見られている」という意識も必要なことである。

もちろん、自分という人間は実体ではなく真我の投影なので、
自分の観測者がいなければ「見られている」という自我が消滅し、
幻である肉体も消滅してアセンションすることになると思うが、
「見られている」という意識は自他一体に繋がるようにも思う。

「見る」というのは自分の視点からの一方的な主観(自我)だが、
「見られている」という意識は、他者が自分を見ている客観
(他者の視点)を意識したものだからである。

真我の半覚醒が進むとどうなるか……半田広宣氏によると、
「見ている者と見られている者の区別のない世界に突入する」
というのだが、まさに「自他一体」の第2ステージとも呼べる。

その前提条件として「自分が見ている視点」だけではなく、
「自分を見ている視点」を意識することは不可欠な要素だと思う。

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そもそも、肉体人間の自分の視点が「自我」であり、
この世界に自分や他者が存在するというような
孤立した分離観念を生み出しているのである。

そして、自分という存在はあくまでも自分の肉体であり、
肉体に自分の意識(心や魂)があるという錯覚を起こしているのだ。

私は常々、魂は肉体に宿っていないと言っているが、
それは魂(真我)が半覚醒しているからそのように感じるのだが、
それを裏づける話を沢山提示してきた通りである。

魂は、自分の外側から客観的に自分を観測している意識体である。
そうであれば、投影である肉体の自分は、
本当の自分(真我=魂)に見られている存在だということになる。

私はその視線を感じるのではなく、
私がその視点を持っていることを感覚的に感じるのだ。

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従って、自分を客観的に見ている映像が脳裏に浮かぶこともあるが、
内海康満氏も同じようなことを書いていたような気がする。

その意味では、「見られている」ということを意識することは、
自らの魂(真我)を意識することにも通じる生き方だと言える。

「人に見られている」という意識でも、
それに通じる生き方だと言えるだろう。

それは「自意識過剰」とは紙一重で、ニュアンスが異なる。

人が自分を見て「こう思われている」とか想像したりせず、
評価を気にして「こう思われたら嫌だから良く見せよう」
などと思ったりするのは自我(自意識)である。

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ただ単に、あるがままに「見られている」ということを
意識することで、意識進化が促されるのではないかと思われる。

私自身がそうだったからだが、実際に外に出れば人々の視点を感じ、
人混みの中を歩いても、前から歩いてくる人の多くが私を見ている。

あまり人に見られることがないという人も、
誰かに見られていることを意識すると良いだろう。

もし誰にも見られていなくても、
真我は一瞬の隙も見逃すことなく汝を見ているのである。

また、家にいる時は四方八方に鏡を置いて、四方八方から
見られているような感覚を持って生活すると良いだろう。


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posted by ZERO at 05:59| Comment(9) | 意識進化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ZEROさん、こんにちは〜

記事がシンクロしててびっくりしてコメントせずにいられません!!!

昨夜、まさに、『見られている』事に気付いたのです。
今後はもっと見られてる事を意識して、意識進化を促したいと思います。

まさに、お天道様にあなたのすべてが見られてますよ、ってことですよね?
Posted by 言上姫 at 2013年12月07日 14:58
しょせんそんなもんだろ?
くだらねぇ。
サヨウナラ

Posted by at 2013年12月07日 20:23
「うしろの正面」の下りヤバかったです!(笑)
Posted by 謎の覆面男☆ at 2013年12月07日 22:31
Posted by 謎の覆面男☆ at 2013年12月07日 22:45
「異性人と聖交尾」の下りもヤバかったです!(笑)



そんな事はさて置き、今回の記事非常に面白かったです。m(_ _)m



ちーたいな
ほーたいな

Posted by 謎の覆面男☆ at 2013年12月07日 22:48
>家にいる時は四方八方に鏡を置いて、四方八方から
見られているような感覚を持って生活すると良いだろう。


→僕は自分の容姿にコンプレックスがあるのでかなりハードルの高いミッションです!

部屋に鏡を置けば自分の不細工っぷりをまざまざと見せつけられる訳ですから。

しかしもしやる気が起きたらやってみます。
Posted by クワトロ・アープ at 2013年12月08日 03:51
誰の誕生日だよ!
ふざけてんのかよ!
マジでゲスだな!

Posted by at 2013年12月08日 08:56
誠に勝手ながら公序良俗に反するURL付きの
無記名のコメントを1件削除させて頂きました。
IPアドレスを見ると、もう1人の無記さんではないようです。

その他のコメントは夜に返事します。
ありがとうございます^^
Posted by ZERO at 2013年12月08日 12:00
言上姫さん、こんにちは。

そうですね^^
そして、夜はお月様に見られてますよ、ですね。
室内にいても、障子に目あり、襖に耳あり、ですね(笑)


謎の覆面男さん、こんにちは。

ちーたいな
ほーたいな
って……何ですか、それ^^;
うしろの正面に謎の覆面男(°□°;)


クワトロさん、こんにちは。

人は自分の内面を観るのも外面を観るのも、
最初はそれなりに苦痛であるものです。
アリオンは「自分を観る」ということを勧めています。
いわゆる内観のことですが、外見についても同じことが言えます。
参考までに再読してみてください↓

宇宙神霊が説く「自我の確立」
http://new-mu.seesaa.net/article/361796828.html
Posted by ZERO at 2013年12月10日 23:24
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