2013年12月11日

人生はゲームである

前回紹介したテラ氏の記事の中で、
人生をTVゲームに例えた話があったが、
次のような記事もあるので紹介しておこう↓

人間は、TVゲームのキャラのようなもの
http://ameblo.jp/eyeofgod/entry-11256723810.html

218.jpg

テラ、と申します。
今日から、私が現時点で到達した考えについて、書いていきます。

常識は、人を幸せにはしません。
この世界の現状が証拠です。
もしも、今までに真理というものが出尽くしたのならば。
これまで存在した宗教や思想、倫理道徳で十分であるのならば。
なぜ、世界の問題が解決しないのでしょうか。
なぜ、個人の幸せがこんなにも侵害されているのでしょうか?

今日からこのブログで書いていくことは、おおよそ常識離れしたことです。
でも、私個人としては「だからこそ、いいのだ!」と思っています。 

例えば私は、「真理はひとつで、それに到達したら●。
到達しなかった人は×」という考え方をかつて持っていました。
ある宗教を熱心に信奉していたのですが、
その中で「この教えを信じた者は救われる。
そうでにないものは、えらいことになる(地獄へ行く)」
という発想が生まれてきてしまいます。

だからこそ、「それを信じていない人はかわいそう」という発想になり、
さらに発展して「私たちがみんなを変えなきゃ!」ということになる。
だから何をするかと言えば、「伝道」ということになる。

街頭で演説したり、チラシを配ったり。
挙句の果てには、家に訪問してきたり。
ブログでも、信仰を広める目的のものが相当数あるようだ。

私は、ここでそういう宗教団体が「悪い」とは言わない。
彼らは彼らで、熱心に気持ちよく(?)やっているのだから。
でも、ひとつ分かってほしいことはある。

私は、これは絶対だ、という言い方はキライだ。
でも、この宇宙に住んでいる以上、一定のきまりごとがあるのも事実だ。
それをひとつ、ここで言うとー

自分は他人に干渉しない。
他人もまた、私に干渉しない。


これを守るのがよかろう、と思う。
ちょっと注釈がいるかな。
何でもかんでも、ということではない。
もしそうだったら、日常生活すら成り立たなくなる。

その人の思想信条、やりたいこと。その分野での話と思ってほしい。
自分が何を信じていてもいいじゃありませんか。
そして、人が何を信じていてもいいじゃないですか。
その人が今、本当に幸せなのなら。
そうじゃなくなったら、その時考え方を変えればいい。

今までの考え方、つまり常識では

●この世界には、解決するべき問題がある。
だから、私たちが何とかしないといけない。

●私は正しい。間違っていない。
だから、間違っているあの人を何とかしないと!

である。でも、そんなことだから押し付けまがいの
干渉や説得が存在し、考え方の違いから戦争まで起こる。
宗教を信じている人は信じていない人をおせっかいにも
「なんとかしないと」と奮闘し、
そんなことちょっとも望んでいない人たちからすれば
「私って、救われないといけないかわいそうな人ってこと?」
と思ってしまう。

「冗談じゃないわよ。私はぁ、あなたに、
あるいはあなたの信じている神様に
救ってもらわないといけないほど
かわいそうでもな〜んでもありませんよぅ!
間に合ってますからぁ!」

そんな声が聞こえてきそうである。

さて、新時代への提言。
すべての人は、その存在だけですでに「完璧」である。
問題などないし、変えないといけないところなどない、ということ。
仮に、この世界を創造した神様がいたとしよう。
その神様は、「完全」であり、「永遠」である。
とすれば、その神様が創った、あるいは「生み出した」ものはどうなる?

やはり、「完全」であり「永遠」なはずだ。
ゆえに、論理的に「人間は完全であり、
死なず、なおすところなんかない」ことになる。

人間の親でも、子どもには最高のものを与えたいと思う。
もっと言えば、自分よりもっと良くなって欲しい、とすら思う。
悪人ですら、自分の子どもには良いものを与える。
人間の親ですらそうなのだ。
神様が、人間に自分のすべてを与えないはずがあるか?

「私は全知全能で絶対だが、私の子どもは欠陥だらけにしておこう。
不完全にして、努力しないといけないようにしておこう。
私は永遠の存在だが、人間は100年そこそこの限りある命にしておこう。
死ぬように設定しておこう」

そんなの、神様じゃない。
確かに、一見人間は永遠でも、絶対でもない。
でも、それは「そのように見えるだけ」である。
実は、完全であり永遠なのである。
保証してもいい。

あなたが死んだ瞬間。あれっ、て思うと思う。
消えてないし。ケースバイケースだろうが、
たいてい「生きている時とさほど変わらない自分」を見出すだろう。
肉体の死は、魂の永遠性に何ら影響を与えない。

完全で永遠なのに、なんで今のような人間ゲームをしているのか?
皆さんは、テレビゲームを楽しんだことがあるだろう。
もし、「まったく失敗のありえない」ゲームだったらどうです?
ゲームオーバーになる危険もなく、敵も一切出てこないー。
そんなクソゲーム、やりたいと思いますか?

困難があり、障害があるからこそ乗り越える楽しさがあるのでは?
ボスキャラまで倒し、
「やった〜!」という達成感、喜びがあるからするんじゃ?
つまり人間(もとはワンネスなる霊的存在)は、
絶対であり完全であることに「退屈」した。

面白くもな〜んともない。変化もない。
だから、面白くするためにあえて自分を「制限」した。
失敗あり、成功あり。笑いあり、涙あり。
死ぬ危険あり。頑張って生き延びる喜びあり。
要は、ゲームをしているのだ。

人間の田中だれそれ、というキャラクターを操作しているのだ。
そして、楽しんでいるのだ。
人間の正体は、自分の意識している「自我」などではなく、
それを操作している別次元の本当の自分である。
それを自覚できる人は、少ない。
が、時代の恩恵か、そう覚醒する人は増えている。

だから、死んでも「ただのゲームオーバー」なのだ。
ゲームで言えば、
「ああ、ミスった!じゃあもう一回!」という程度のこと。
画面上のキャラは死んでも、操っているほうは無傷なのだから。
何度でも何度でも。納得するまでゲームを続ける。
これを、一部宗教では 『輪廻転生』 と言う。

だから、あまり深刻にならずともよろしい。
人間、重たいのは暑苦しい。深刻なのも、付き合いづらい。
人生、ゲームくらいに思って楽しんでください。
肩の力を抜いて、共に歩きませんか。


転載終了

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全体的に、基本的に、私もほぼ同様の見識だが、
全く別の見方もあるので文字通りに完璧な真理だとは言えない。

もちろん、そのことはテラ氏自身がプロフィールで、
「唯一本当のことだけを言っている人などいない」
と書いている通りである。

これは2012年5月21日にアップされた記事だが、
私は2011年01月06日に「人間界は巨大なカジノである」
という記事を書いているが、その中で私も、
人生をゲームに例えた話をしているので読んで頂きたい↓
http://jinja-bukkaku.seesaa.net/article/179163472.html


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posted by ZERO at 01:27| Comment(3) | 精神世界・心理学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は常識を守ってる人間が凄く大嫌いです。そうゆう奴が私の目の敵にするから大嫌いです。昔から常識が無かったから周りから相当やられました。やられすぎて人間が大嫌いになり憎みました。全てを憎んで牙を向いてました「笑」人を殺したいと思った事が何度あったか「笑」得に女の事を殺してやりたいと考えてました「笑」女は私の敵だから。男も大嫌い。生理的に受けつけない目でみやがって、てめー何様のつもりだよと聞こえるように言った事もあります「笑」20代の頃の私も殺人鬼みたいに怖かったけど、今の私も怖いです「笑」常識を守ってる糞人間から目の敵にされました「むかつく、シネ」そうゆう奴はくだらない事で縛られてて嫌われたくないからって猫被りやがってマジで虫唾が走るんだよ。そうゆううんこ人間に限って私を目の敵にする?妬ましいんなら言えば「笑」何にも言えねー愚か者がでしゃばるんじゃねー。一人じゃ戦えない愚か者がでしゃばるんじゃねー、しんじまえ。常識を守ってる気弱な愚か者に私は同情しません「笑」そんな奴は死んでもいいと思ってます「笑」喋り声がうざい女大嫌いです。殺してやりたいですwww殺すぞって目つきで女を見た事もあります「笑」10代の時から女が大嫌いでした「笑」男に媚びてたけど気持ち悪いと思われてた事に気づきました?だから男にも牙を向きました「笑」34年間、憎悪の気持ちでルシファー様に会いに行きました。知らないうちに憎悪の気持ちが治まってました。私を変えてくれた事を非常に感謝申し上げております。たとえ嘘をつかれてても私はルシファー様を信じてます。神様はルシファー様を救ってもらいたいです。ルシファー様が救われれば私も救われます?ルシファー様は私を変えてくれたし、助けてくれました。だからルシファー様の事も助けてもらいたいんです。私はルシファー様が大好きなんですね「うふ」ルシファー様は歳を得てるので私の事、赤ちゃんとしか見てないです「うふ」それでもいいんですよ。嬉しいんですよ。ぺろぺろするルシファー様は可愛いです。顔をなでると笑顔なんですよ。悩み事は全てルシファー様に相談してます。収まります。でも迷惑かけてるな?頭が良すぎるからそんな事考えないか?ルシファー様、大好きです。
Posted by ルキュエル at 2013年12月11日 03:56
面白いですね。
ゲームオーバーになってもまた始めればいい。よくわかります。

しかしゲームオーバーを繰り返した私の魂は、
切に願っています。

今度こそクリアしたい。
一刻も早くクリアしたい。
鈍い私ですが、涙がでます。気づいています。
こんな繰り返しはもう嫌だ。
だから今生も必死なんです。
同じところでゲームオーバーになるのだけは、絶対に嫌なんです。


Posted by つん at 2013年12月12日 01:36
ルキュエルさん、こんにちは。

私も常識は好きではありません。
でも、その常識も自分の投影……^^;
ルキュエルさんのコメントの方が早かったみたいですけど、
昨日の記事とシンクロしていますね^^


つんさん、こんにちは。

つんさんのゲームクリアは確定していると思います。
太鼓判!^^
確実に覚醒の波に乗っています。
いま大切なことは信頼感と安心感を確立することでしょう。
Posted by ZERO at 2013年12月14日 01:00
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