2014年01月14日

ヨーガ呼吸法による悟り「内外反転」の体験

11月23日の全力セミナーで、10月号の
『ザ・フナイ』を貰ったということを書いた。

その中で、荒井塾の荒井義雄氏の子息である
荒井秀幸氏の記事があった。

荒井塾のことは「反キリスト完全ファイル」で
少しだけ紹介したが、「気の達人養成講座」である。

塾長の荒井義雄氏は、肥田式強健術で呼吸法と気功を熟達し、
「太極の理」タオ、透視術(米国認定)を習得して、
波動サイコメトリー学会も主宰している。

また、ヨーガのクンダリニー現象を体験し、
「意識の構造は幾何学模様の光」であることを知ったという。

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私はクンダリニー現象を体験したことはないが、
幼少の頃、寝る時に目を瞑ると幾何学模様の光が見えていたが、
それが何だったのかは未だ謎である。

さて、荒井秀幸氏についてだが、
パンフレットも貰っているので載せておこう。

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荒井秀幸氏は荒井塾の師範で、
インド政府公認YICヨーガ教師の資格を取得し、
インド・ヨーガ研究協会代表も務めているが、
2年で悟りを開き、8つの超能力を獲得したという。

前置きが長くなったが、
『ザ・フナイ』の荒井秀幸氏の記事を一部紹介したい↓

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悟りの体験
「自己の生命によって全ては遍く満たされている」


2006年6月30日、自宅で私がいつものように
「ヨーガのある呼吸法」を行っていた時のことです。
呼吸が深まるにつれて、胸の辺りが圧迫されるような感覚が高まり、
それにともなって非常に虚しい気持ちが湧き起こってきたのです。
まるで自分がこのまま消えてなくなっていくような感覚です。
この呼吸法はあるチャクラを目覚めさせ、
自我(個)の働きを弱める作用があります。
自我の働きが弱まっていくと、ある種の「無常観」が生み出され、
自己という壁が崩壊し、意識は無限に広がっていくようになります。

さらにそれを過ぎると、
眼に見えるものがまるで自分と一体のように、
空気がまるで自分の息のように、
揺れているものは自分の心のように感じられたのです。
例えば遠くでカーテンが揺れているとします。
一般的には「カーテンが揺れている」あるいは
「風によって揺れている」といった認識が起こります。
ところが、ヨーガの呼吸法によって瞑想状態に入っていくと、
外側の現象があたかも自分の中で起こっているような感覚になり、
「自分の心が揺れている」といった認識が起こります。

意識が拡大することによって、
「主体」と「客体」の隔たりがなくなり、
対象の情報が直接的に流れ込んでくるようになるのです。
これが「主客統一」、あるいは「三昧」と呼ばれる状態です。
三昧は様々な気づきをもたらしますが、
意識を向ける対象によって、
高いものや低いものに分かれています。
「最高の三昧」は「本当の自分」に対する、
正しい気づき(悟り)をもたらしてくれるものです。

その直後、光の波のようなものが自分の周りに広がっていったかと思うと、
「自分の生命によって全てが満たされている」という感覚が起こりました。
光がサーッとどこまでも広がっていって、
「うわぁ!満たされている……」という実感が起こり、
それから「あっ!だから生命は永遠なのだ……」という
「悟りの認識」が突如として起こったのです。

この認識により、今まで抱えていた「生命」そのものに対する、
根本的な謎や疑問が一気に解決してしまったのです。
生命の「普遍性」と「永遠性」は、本来まったく同質のものですが、
あえて言えば「先に普遍の認識が起こり、
後から永遠の認識というものがついてくる」
これが、私の「悟りの体験」を通した実感です。
生命が普遍であるから永遠の生命が成り立つのです。

「自己の生命によって全ては遍く満たされている」
これは、もしこの世の1つの存在が消滅してしまうと
全てのものが消滅してしまうという感覚であり、
反対に1つの存在でも存在する限り、
全てのものは永遠に存在し続けているという気づきです。
これはとても言葉では言い表せませんが、
「最高の智慧」が現れた瞬間でした。

「生命の永遠性」について、私は子供のころから教わってはいても、
それは知識として知っていただけで、本当は何も知らなかったのです。
実際に「生命が永遠である」ことを、
ハッキリ確信を持てるようになったのは、
この「悟りの体験」を通してからです。
「悟りの体験」が起こると、生と死の問題も、病気や老い、
カルマや運命など、あらゆる難問が急速に解決してしまいます。
それは生命の普遍性、永遠性について心の底から納得できた瞬間です。

人間は様々な悩みを抱えながら生活しています。
「生老病死」といって、生きる苦しみ、老いる苦しみ、
病の苦しみ、死の苦しみなどが常に横たわっています。
あるいは宿業(カルマ)、運命(カーラ)に絶えず悩まされています。
こういった問題から完全に解放されるには、
ヨーガによって「普遍」の生命を体得すればよいのです。
そうすれば問題や悩みの芽は根本から刈り取られ、
二度と苦しむことのない「平静の境地」を獲得することができます。


転載終了

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呼吸が深まるにつれて胸が圧迫されるような感覚が高まり、
自分が消えてなくなっていくような
非常に虚しい気持ちが湧き起こってきたとのことだが、
これは私にはよく分からない。

自我が消える時に、自分が消えていくような錯覚に陥り、
虚しい気持ちになる人がいるのかも知れない。

「この呼吸法はあるチャクラを目覚めさせ、
自我(個)の働きを弱める作用がある」
と書かれているので、上記の私の解釈で間違いないだろう。

「この呼吸法」とは、具体的にどのような呼吸法か知らないが、
腹式呼吸法をすれば自我は沈静化する。

吐く息を長くする腹式呼吸を、
ヨーガで「アナパーナ・サティ呼吸法」と呼び、
釈迦がヴィパッサナー瞑想(内観)をする時に行なっていた。

聖母は毎日「シルバー・レイ」で邪気抜きをする時に、
1分間1呼吸のアナパーナ・サティ呼吸法を
40分間することを日課にしている。
もちろん、私も長年続けてきて、ブログでも度々紹介している。

浄化のための呼吸法
http://new-mu.seesaa.net/article/364719212.html
悟りを開くアナ・パナ・サチ呼吸法
http://japan666.seesaa.net/article/180149579.html

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次に、「自我が弱まると無常観が生み出される」
とのことだが、無常観とは何か……
検索すると次のように載っていた↓

『インドの仏教は、
「すべてのものは無常である」と観ずる無常観を説きます。
この無常観は、人間が苦を脱却するための哲理としての無常観です』


で、「自我が弱まると無常観が生み出される」
とのことだが、私には何とも言えない。
私は日常的に自我が弱まっている状態で、確かに無常観で生きている。

だが、呼吸法と瞑想で自我が消滅すると
「思考停止」「時間停止(無時間)」となり、
無常観ではなく「常観」の状態となる。

「無常観は人間が苦を脱却するための哲理」とのことだが、
無常だからこそ人間は「死」を恐れるのだと思う。
荒井秀幸氏も無常観によって、
自分が消えていくような錯覚に陥ったのだろう。

私の場合は日常的に無常観だが、「生死解決」しているので、
自我の消滅や肉体の死をさほど怖れることはない。

ヨーガ修行で「無常」を説いた男(笑)
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「無常観」については改めて記事にしたいと思うが、
とりあえず話を進めていこう。

「自我の働きが弱まっていくと、ある種の無常観が生み出され、
自己という壁が崩壊し、意識は無限に広がっていくようになります」


ここで1つ注意しておきたいことがある。

「自我」と「自己」という言葉が用いられているが、
その二種類の言葉を使用する場合、自己は「真我」という意味になる。
心理学で自己(セルフ)は真我のことで、
真我覚醒のことを「自己実現」や「自己発見」とも呼んだりする。

従って、「自我」の働きが弱まって「自己」という壁が崩壊する
というのは間違いで、あくまでも「自我」の壁が崩壊するのである。

もちろん、「自我」などの言葉を使わない場合は、
普通に自分のことを「自己」と表現してよい。
細かいツッコミのようだが、重要なことなので指摘しておいた。

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さて、自我の壁が崩壊すると「意識は無限に広がっていく」
とのことだが、それまでにもっとプロセスがある。

自我(肉体意識)が消滅すると思考が停止し、
幽体意識が覚醒する。

その時、恐らく呼吸も殆どしていない状態で、
時間が停止したような無時間の状態を体験する。

一般的にいう「無我の境地」で、その先は
「体外離脱」をするか「体内離脱」をするかに分かれ、
「意識の拡大」は更に高度なものである。

意識が無限に拡大するのは天人合一(宇宙即我)のレベルである。

一般的には、その領域に到達することを「悟り」と呼ぶが、
荒井秀幸氏は更にそれを過ぎた体験をしたことを述べている。

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眼に見える物や空気までが自分と一体のように感じた、
というのは「天人合一」の状態だが、注目すべきは以下の点である↓

「外側の現象があたかも自分の中で起こっているような感覚になり」

これはまさに、「内外反転」の認識である。

荒井秀幸氏の体験は、
ヨーガの呼吸法による瞑想中の一時的なものだったようだが、
その時、真我が覚醒しかけていたということである。

それを維持する為には、恐らく学術的な理解が必要で、
私の場合は「正八面体」の数学的な解明だった。

それで、私は日常的に瞑想のような状態なので、
大体いつも「内外反転」の認識を維持しているが、
それをZERO用語で「日常的トランス状態」という↓

トランスと内観と入神
http://new-mu.seesaa.net/article/379353869.html

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さて、意識が拡大することによって、
「主体」と「客体」の隔たりがなくなり、
対象の情報が直接的に流れ込んでくるとのことだが、
一応、簡単に説明しておこう。

意識が宇宙大に拡大すると「天人合一」だが、
それによって「主客一体」「自他一体」の認識を持ち、
その「差取り」が悟りの語源だと言われている。

また、悟という漢字は吾の心と書くが、自我のことではなく、
真の吾(我)の心である「真我」に目覚めることを意味する。

話を戻すが、「主体」と「客体」の隔たりがなくなり、
対象の情報が直接的に流れ込んできたとのことだが、
これは「内外反転」が起こる前の「左右反転」を思い出させる。

私は以前、「左右反転」の認識がなくなった後に
「内外反転」の認識を獲得したと思っていたが、
「左右反転」が発展して「内外反転」の認識に至ったのだった。

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荒井秀幸氏は、瞑想中に「内外反転」を体験した直後、
光の波が自分の周りに広がっていったという。

これは、瞑想中だからそのような体験をしたのであり、
私は日常的トランス状態で「内外反転」の認識を持っているが、
普段は光の波が自分の周りに広がっているようには見えない。

そして、荒井秀幸氏は、
「自分の生命によって全てが満たされている」
という感覚が起こり、
「だから生命は永遠なのだ」という悟りの認識に至ったという。

真我に目覚めると、このように様々な真理が分かるようになるが、
あらゆる二元性を統一して観る視点も獲得するようになる。

それを禅用語で「生死解決」と呼び、
オコツト言語で「認識の完全化」と呼ぶ。

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荒井秀幸氏の悟りで注目すべきことは、
「自分の生命によって全てが満たされている」という感覚である。

この基本的な感覚から、
「自分の世界は自分が誕生した時に創造され、
自分が死んだ時に終焉を迎える」という理解に繋がるのだ。

荒井秀幸氏は「だから生命は永遠なのだ」
という理解に繋がったとのことだが、
これは肉体生命のことではなく「魂」のことである。

だが、アセンションできるレベルになると、
肉体生命も不死になることが可能なようで、
ヒマラヤの伝説の聖者ババジも死の克服者だったという。

なぜ過去形かというと、西暦203年11月30日に誕生し、
若者の姿のまま1800年ほど生きて、
近年、肉体を削除してアセンションしたそうである。

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アセンションした場合は、
必要があれば肉体を出現させることも可能で、
ヒマラヤにはそのような聖者が少なくないようだ。

だが、半田広宣氏がオコツトから聞いた話によると、
しばらくは肉体を出現させることができるが、
最終的には出来なくなるそうである。

尚、肉体のまま永遠に生きたいと思う人は、
真我に目覚めていないからそう思うだけで、
肉体で永遠に生きることを選択する覚醒者はいないと思う。

また、世間では「輪廻転生があるから生命は永遠である」
と説く人も多いが、これは完全に幻想だと言ってよいと思う。

輪廻を解脱した世界こそが、永遠の生命の世界だと言えるだろう。

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荒井秀幸氏によると、
生命の「普遍性」と「永遠性」は同質のものだが、
先に普遍の認識が起こり、
後から永遠の認識がついてくるという。

私も生命の「普遍性」と「永遠性」を認識しているが、
どちらを先に認識するようになったは覚えておらず、
同時に認識するようになったとも言える。

「生命が普遍であるから永遠の生命が成り立つのです」
という説明があるが、私には意味がよく分からないが、
次のように説明されている↓

「もしこの世の1つの存在が消滅してしまうと
全てのものが消滅してしまうという感覚であり、
反対に1つの存在でも存在する限り、
全てのものは永遠に存在し続けているという気づきです」

それが真実かどうかは断言は出来ないが、
そう言われてみれば私もそのように思う。

物質が消滅しても素粒子やエネルギーに変換されるだけで、
宇宙全体の質量そのものは常に一定だからである。

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「生命の永遠性」について、私も子供の頃から教わっていて、
知識として知っていたが、その知識が大切なのだ。

知識だけで悟りに至ることはなく、
内観や瞑想では知識や観念を捨てていく作業が必要だが、
記憶喪失になるわけではないので完全に忘れるわけではない。

そして、真我に目覚めた時に「答え合わせ」ができるのだ。
答え合わせに意味があるのか問われると……
意味はないかも知れない(笑)

だが、その「知識」が意識進化の原動力になり、
何らかの気づきや理解に繋がることもあるはずだ。

さもなくば、釈迦やイエスも真理を説くことはなく、
瞑想だけを指導していれば良かったことになるし、
私もこのようなブログを書く必要もなく、
ネオデジタル内観だけを広めていれば良いことになるが、
悟ったことや知ったことは発信する義務があるのである。

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また、オコツトは次のように言っている↓

「思考によって認識を変え、
認識を変えることによって今度は感覚を変える。
そして、感覚の変化はあなたがたの感情さえをも凌駕し、
人間の意識全体を全く別のものへと変容させていくのです。
意識進化とはそういうものです」


思考によって認識を変えるということは、
知識によって認識を変えることも可能なはずである。

認識を変えるというのは「空間認識の反転」のことで、
私は「内外反転」のことだと解釈している。

だが、空間認識は右脳が司っているので、
単なる左脳での思考や左脳の知識だけでは
「空間認識の反転」は起こらないはずである。

量子論者は空間物理や素粒子の研究で思考し、
知識も豊富だが、真我に目覚めて「内外反転」の
認識を獲得したという話を聞いたことがない。

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私は霊夢で啓示を受け、ピラミッド(正八面体)の謎を解明し、
真我が覚醒して「内外反転」の認識を獲得した。

霊夢は半睡状態の明晰夢だったが、それは瞑想時と同じ状態で、
脳波が「覚醒シータ波」の状態、即ち、
右脳と左脳が統合して直感力の鋭い状態での思考だった。

で、認識を変えることによって今度は感覚を変える……。
確かに、私は「内外反転」の認識によって、
人間とは正反対の感覚を獲得した。

そして、感覚の変化は感情さえをも凌駕し……。
私は自我の感情が希薄となり、
感情に左右されることがなくなったが、
それは感覚の変化によるものだと言える。

意識進化とはそういうものらしい。

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ブログ説明で「理解できなくても意識の進化に役立ちます」
と書いているが、もちろん、記憶力や理解力、
思考の有無によって、意識進化の度合いは人それぞれだろう。

だが、理解できなくても潜在意識には入っているので、
何かの拍子に理解に繋がったり、考察することもあるはずで、
それがやがて読者の「認識の変化」に至ることを願ってやまない。

あとは、どれだけ「内観+ホ・オポノポノ」を実践するかの問題である。

釈迦によると、花を見て「美しい」と思うのも心の汚れになるという。
どのような感情も、無色透明の心に色付けするからである。

当然ながら、「暑い」「寒い」「腹が減った」「眠い」「痛い」「痒い」
といったような、日常の普通の感情や想念も心の汚れとなることになる。

だとしたら、生まれてから今までの間に、
一体どれだけ心を汚してきたのだろうか。

もちろん、無感情で生きることなどできないので、
私も日々常々、洗心浄化に努める毎日である。


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posted by ZERO at 23:31| Comment(3) | 精神世界・心理学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
社会に出る時自我にとって不都合な事が沢山あってやる気がゴッソリ削がれてしまいます。

今まさに僕はその状態です。

潔癖症のせいで外から帰ってくる度に異常なまでに体やら服やらを洗うのでズタボロになるからです。怖くて外に出らんないです。

(自宅のトイレに行っただけでもその後ガッシガシ全身洗ったりします、親が触ったものに触っても駄目だしペットの猫にも触れません。

誰のエキスも自分の部屋に持ち込めないんです。「汚いから」というのが理由ではないです。どうにも落ち着かないんですよ。)

これはヤバイ!と思い立ちさっきホ・オポノポノを広めたとされるヒューレン博士の本をAmazonで注文しました。

ZEROさんから教わったやり方を否定する訳ではなくて別の人の説明も聞いたらもっとより細かいニュアンスが理解出来るかなと思って。

そしたらばホ・オポノポノってもっと「知る人ぞ知る」的なものなのかなと思ってたらAmazonでは本を読んだ人達の感想がゴッソリ書き込まれてました。

もう皆知ってるんですね。

ZEROさんはいつオポノを知ったのですか?ZEROさんのブログにオポノが初登場した時の記事を読んでみたいです。

にしてもオポノや引き寄せの法則やアセンションなど「現在話題の…」とかいう触れ込みがあったりしますが、

いったいどこで話題だったりするのですかね?

「月刊祝詞」みたいのがあるんですかね?(笑)

ZEROさんのブログ以外にどこにアンテナを張ってればよいのか…
Posted by クワトロ・アープ at 2014年01月15日 04:11

こんにちは、zeroさん。

私も小さい頃、夜目をつぶると色とりどりの
幾何学模様が見えました。
とても綺麗だったことを覚えています。
私も、あの幾何学模様が何か知りたいです。

最近ヨガを再開いたしまして、改めて感じたことは
どう呼吸するかで、心身に与えるものが
違うということでした。
インストラクターの誘導で、普段の呼吸から
徐々に呼吸をコントロールしていくのですが
「意識」することで、体内のスペースに広がり出てきます。
それに乗じて、だんだんと脳が真っ白になっていくんです。

そうなると、「イって」しまいますねw
覚醒や悟りの状況がどういうものなのか
いまひとつよくわかりませんが
凝縮されていない状態なのかも〜と感じます。
その状態は、私にとって非常に心地よいものです。

呼吸法はいろいろあるようなので
試していきたいと思います。


Posted by chiara at 2014年01月15日 14:39
クワトロさん、こんにちは。

潔癖症が始まったのはいつ頃ですか?
あと、方法論はいくらでもあるので、
あの手この手を試してみるのもいいですね。
1つは、潔癖症を諦めて受け入れてみることです。
「綺麗好きなのだ」と肯定してみることです。
しかしながら、恐らく断捨離を進めるのが先決かと思われます。


chiaraさん、こんにちは。

chiaraさんも幾何学模様が見えていたんですか〜!
5次元から使命を持って生まれてきたのかも知れませんね。
呼吸法に熟達されているようなので、
一度、肥田式腹式呼吸をやってみて下さい。
chiaraさんだったら1回で逝けるかも知れませんよ^^
Posted by ZERO at 2014年01月15日 23:49
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