2014年01月15日

愛を超越する知識と自我の確立@

冥王星オコツトのチャネラー半田広宣氏は、
次のような神秘体験をしている↓

「オコツトが言っていた人間の外面とは、
世界と僕とを結ぶ空間にある・・・そこは、
モノとモノとを結んでいる空間とは全く違う空間なのだ。
このことがはっきりとわかりはじめて
僕の意識には徐々に変化の兆しが現れ始めた。
そして、それは、やがて、魂を根底から揺さぶるぐらいの
ドラスティクな変容へと変わっていった――
僕は宇宙に包まれて生きているのではない、
僕が宇宙を包み込んで生きているのだ」


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「人間の外面とは、世界と僕とを結ぶ空間にある」
とは、言葉の意味がよく分からないが、
「僕は宇宙に包まれて生きているのではない、
僕が宇宙を包み込んで生きている」というのは、
紛れもなく真我の視点、即ち「内外反転」の認識である。

私は「自分が宇宙を包み込んでいる」という
明確な認識は持っていないが、そのような感覚はある。

この半田氏の神秘体験は以下のサイトに書かれていて、
少し長くなるが転載しておきたい↓

『シリウス革命』談義録(Part.1)
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/7411/sirius.htm

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転載開始

1999年、秋に掲示板で大人気だった謎天使さんによる
『シリウス革命談義録』の過去録を公開しています。

『2013年シリウス革命』を題材にした
謎天使さんの講義はとても分かりやすく
著者の半田広宣さんにもお褒めの言葉を頂きました。(^。^)

『シリウス革命』は歴史、哲学、ニューエイジ、素粒子物理学等、
さまざまなジャンルの要素を統合し、複雑でありながらも、
幾何学的でとても美しい世界を織りなし、私たちを魅了してくれます。

ちょっと難しいかもしれませんが、
ゆっくりと時間をかけて楽しんでみてくださいね。 

注)『シリウス革命』に関連していないコメントで
話の流れを理解するために不要なものは掲載していません。

さらなる理解を深めたい方は半田広宣さんの
サイバーカレッジ「ヌースアカデメイア」へGo!

「ヌースアカデメイア」
http://noos-academeia.com/
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『シリウス革命』に書かれてある内容は、
他の本には書かれていないようなことばかりです。

共通する点としては、『波動の法則』にも書かれてあった
『愛=陽子』という情報などです。

そして、『シリウス革命』には、何故『愛=陽子』なのか?
に対する根拠も載っていました。

この本は、久しぶりに読む『超面白い本』です。
続きは、また今度、書き込みます。
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>(価格について)しかし、あったとしても
定価が3000円でこっちで正確には『3200円』です。
この本には、マヤ暦に関する情報も、かなり書かれてあります。

ところで、その本の一部を紹介します。

『何とも凄まじい内容だ。いくらトンデモ本に慣れている読者でも、
 思わず頭を抱えたくなるようなフレーズが並んでいることと思う。
 これは紛れもなく、オコツトが交信で伝えてきた情報の数々である。
 このへんで、本を投げ捨てる人が出てくるかもしれないが、ちょっと
 思いとどまってほしい。僕は決して読者をからかっているわけではない。
(中略)どうか、その根拠にたどりつくまで我慢して付き合って欲しい。』

と、著者が書いているように、正に想像を絶する内容になっています。(笑)

例えば、『キリストと釈迦は悟りに達していなかった』とか
『愛よりも上の次元がある』とか、その他沢山です。

そして、この情報の特徴は、その根拠を論理的に述べているところです。
つまり、たんに『信ぜよ』ということを言っているのではなく、
『論理的に知る』という次元にまで高める内容になっているのです。

そして、『神との対話』と同様に、『観察』ということの重要性を
説いおり、『観察精神』という次元の解説も出てきます。
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> > この本には、マヤ暦に関する情報も、
> > かなり書かれてあります。
>
> それもまた、気になりますね。。。
> 2012年について何と書かれているのでしょうか?

様々なことが書かれてありますが、その一部を紹介します。
マヤ暦は2012年12月23日に終わり、2013年から人間の意識が
変換人の意識次元に完全に移行するそうです。

この変換人というのは、
『高次の空間認識力』を持つ人間のことです。
そして、1999年から2013年にかけて、変換人が急増するそうです。

そして、この本には、『高次の空間認識力』を
得るための方法が書かれてあります。

そして、どうやら、
私には『五次元対称性』が見え始めてきたようです。
正に、驚きの本です・・・・・。

> > と、著者が書いているように、正に想像を絶する内容になっています。(笑)
> > 例えば、『キリストと釈迦は悟りに達していなかった』とか
> >『愛よりも上の次元がある』とか、その他沢山です。
>
> その本による『愛よりも上の次元』って何ですか?

これに関しては、次回 書き込みます。
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>すっすごいですね。。。いったい何が見えるのでしょうか?

『五次元対称性』が見えてくると、自分がマクロであり、
宇宙がミクロであるという感覚が生じてきます。

そして、私の場合は、まだその初期段階ですが、
その感覚が更にハッキリしてくると、
次のような体験をするそうです。

『オコツトが言っていた人間の外面とは、
世界と僕とを結ぶ空間にある・・・そこは、
モノとモノとを結んでいる空間とは全く違う空間なのだ――
このことがはっきりとわかりはじめて
僕の意識には徐々に変化の兆しが現れ始めた。

そして、それは、やがて、魂を根底から揺さぶるぐらいの
ドラスティクな変容へと変わっていった――
僕は宇宙に包まれて生きているのではない、
僕が宇宙を包み込んで生きているのだ。

(中略)

幼い頃に見た母の笑顔、僕の大好きな浜辺のレストラン、
お気に入りのジッポのライター、アビイロードのジャケット、
人ごみに溢れた真冬の渋谷のまち・・・ありとあらゆる思いで、
散乱した数多くの記憶がその球体には、光とともにたくさん詰っていた。 

否、そればかりか、未来のイメージ、ビジョン、創造力に至るまで、
時空間を超えた僕のすべての全体が、まるで宝石箱の中でも
覗いているかのようにキラキラとまばやく輝いていたのだ。 

そのときだ――生まれてはじめて自分が光であることに気がついたのは。
それまで、魂や人間の霊性の本質が光であるという話は飽きるほど聞いていた。
神秘家や宗教家の本を開けばそんなことは数ページおきに書いてある。

しかし、それらはみんな何かしらの比喩だと思っていた。
光のかけら、光の子、光の御霊………
光は善なるものの象徴ぐらいにしか考えていなかったのだ。
でも、そうではない。それらは比喩などではない。
この世界に満ちあふれている光とは、実は、僕自身にほかならない。』

以上『シリウス革命』より

それから、『愛を超えるもの』に関しては、こんど書き込みますが、
その前に、『なぜ、キリストと釈迦は悟りに至らなかったのか?』
の説明をしようと思っています。 その方が、話の順番として
わかりやすくなると思います。
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それでは、『なぜ、キリストと釈迦は悟りに至らなかったのか?』
に関する解説をします。

まず、覚醒をするには、時代が覚醒期に入っていることが
絶対条件だそうです。

そして、その覚醒期はマヤ暦にも記されているのですが、
釈迦やキリストのいた時代は、まだ覚醒期ではなかったのです。

例えば、トランス・パーソナル心理学においては、
『深化』の前には『進化』のプロセスが必要だといわれていますが、
その『進化』とは、『自己の確立』を意味するのと同時に、
『物質文明(科学の発達)』も意味します。

つまり、『精神文明』の幕開けは、
『物質文明』の完成以後に訪れるのです。

それでは、オコツトと半田広宣との会話を紹介します.

オ『釈迦やイエスは、人間の意識として覚醒を見たということであって、
  覚醒自体を起こしたとは言えません。』

コ『つまり、悟っていないということですか?』

オ『そうですね、覚醒と悟りを同じ意味を持つ言葉として捉えれば、
  そのようになるでしょう。人間の意識に覚醒が起きるためには、
  付帯質の力、つまり、物質的な思考が必要とされます。
  (中略) 
  釈迦やイエスの時代においては、プレアデスの力がまだ十分で
  はなかったのです。 そのために彼らはまだ覚醒という力に
  至ってはいなかったということです。』

  (中略)

オ『プレアデスの力とは、あたたがたが科学と呼ぶものです。(略)』

  (中略)
  
コ『‥‥? つまり、本当の悟りを開くためには、
  科学的な知識や思考が必要という意味なのですか?』

オ『もちろんです。(略)』

コ(独り言)『普通、多くの神秘家達は悟りという状態は思考の停止
      をしなければ得られるものではないと説いてきた。
      ましてや、科学が持っている物質的な思考が悟りの役
      に立つなどとは誰一人として語ってはいない。しかし、
      オコツトの言い回しは全くそれらと反対だった。
      悟るためには、なんと、物質的な知識が不可欠であり、
      そして、物質とは何かを求める思考が必要だとされる
      というのだ。 そして、釈迦やイエスの時代においては
      このような力が不足しており、とうてい悟りを得られる
      状態ではなかったと――。』

コ『つまり、それは宗教者たちがよく口にする『時』の問題と関係が
  あるのですか? 人間が自らの存在の本質的意味に気が付き、
  覚醒するためにはそれなりの時期が必要であるといったような?』

オ『そうですね。覚醒期においてしか覚醒は起こらないという意味では
  そういうことになります。』

コ『ということは、つまり、有史以来、人類の誰一人として覚醒など
  していないということになりますね。』

オ『もちろん、そういうことになるでしょう。 (中略) 意識の覚醒
  とは、方向性だけではなく、力を持つものなのです。』

コ『方向性だけではなく、力を持つとはどういう意味なのですか?』

オ『あなたがたの言葉で言えば、感覚的、直観的、達観的ということ
  ではなく、知的、思考的、論理的‥‥‥‥そのような意味です。
  他者にも、一つの知的理解として伝達することが可能だということです。』

コ『確かに、歴史上の聖人たちの説いた教えは、直観的で観念論的なのですが、
  多くの宗教では、悟りとは本来そのようなものであり、決して論理では
  語られないものとされています。 
  つまり、それらは間違った考え方だとおっしゃるのですね?』

オ『はい、誤っています。 悟りは、言語で表現することも可能ですし、
  知性で理解することもできます。 ただ、あなたがたにはまだそのような
  言語や知性が生まれていないだけのことです。』

コ『しかし、過去の聖人たちはなぜ、
  知性ではなく悟性だというような言い方をしてきたのでしょう。』

オ『知性とは何かが分からなかったからでしょう。』

コ『知性とは何かがわからなかった‥‥‥‥聖人たちがですか?』

オ『はい。』

以上『シリウス革命』より

いま、現代物理学は、物質世界のマクロとミクロの限界を極めようとしています。
そして、それは、プレアデス的統制の完成が近づいていることを意味し、
それは同時に、その後に訪れる『精神文明』の幕開けが近づいていることを
意味しています。

そして、『シリウス革命』を読めば、悟りを知的に理解して
体験することができるということの意味が分かると思います。
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>マクロとミクロの限界とはどういうことなのでしょうか。
>それが、自分がマクロであり、宇宙がミクロであるという感覚』につながり
>マクロとミクロが逆転するっていうことなのでしょうか?
>そしてその上の段階がいよいよ『愛を超えるもの』ってこと!?

Mayuさんも知っていると思いますが、ミクロの世界は、
量子力学の分野で研究されており、マクロの世界は、相対性理論です。
そして今、物理学者たちは、『量子力学』と『相対性理論』を統合させた
統一理論を研究しているのですが、まだ完成していません。

その、統一理論が完成しない理由は、物理学者たちは、
量子の中に宇宙が包まれていることを知らないからだそうです。

そして、マクロとミクロを反転させた視点で理論を構築すれば、
統一理論が可能になるようです。

それから、『愛』というのは『陽子』であり、
意識レベルで言うと下から7番目に位置するそうです。
(意識次元は、全部で12あるそうです)

そして、『愛(陽子)』の働きは、『自己と他者の区別を無くす』
ということだそうです。

つまり、『愛(陽子)』の場では、自己と他者の意識が一体化する
ということです。

しかし、『愛』とは、人間に進化の方向性を与えているものであって、
目的ではないそうです。 

>うーん、昨日は郊外の旭屋書店まで言ってみましたが、
置いていませんでした。。。

『シリウス革命』を読む前に、『人類が神を見る日』を読んだほうがよい
 かもしれません。 『人類が神を見る日』は、『シリウス革命』の
 前編のようなものです。 これは、同じ作者によって書かれていますが
 発行は、徳間書店です。

ところで、次回は、いよいよ、『愛を越えるものは何か?』
を書きたいと思っています。
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さて、『愛を越えるもの』に付いて書きます。
まず、オコツトは、愛について次のように語っています。

『しかし、進化のための力は残念ながらあなたがたが愛と呼ぶ
 情緒の中には存在していません。 
 情緒によって動かされている愛とは意識進化の方向性のようなものです。 
 あなたがたが歴史の中で愛の重要性を何度となく唱えながらも、
 それが有効に機能してこなかったのは、
 意識が方向性だけでは進化を行うことができないからです。 
 そこにはその方向へと進んでいく力が必要です(オコツト)』

そして、愛に力を与えるものが愛を越えたものであり、
その力を手に入れたときに、愛はたんなる情緒的なもの
から次のように変化をします。

『愛は決して焦点の定まらぬ安っぽい情緒的衝動ではないのです。
 むしろ、明晰で、強靭で、否定しがたい完全な幾何学を伴う論理
 であり意志であり、確固たる宇宙的理性によってその存在証明
 を持たせることができるものなのです。(オコツト)』

また、新約聖書の中には、次のようなことが書かれてあるそうです。

『このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、
この三つである、しかし、その内、最も大いなるものは愛である。』

しかし、この文章に続く後半部分は、
ある意図があって削除されているそうです。

ですが、1945年に発見された、キリスト教の根幹を揺るがす資料
として注目されているナグ・ハマディ文書の中にある
ピリポによる福音書には、その全文が載っています。

『このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、
この三つである、しかし、その内、最も大いなるものは愛である。
しかし、信仰と希望と愛より大いなるものは知識である。
愛は、むしろ知識の結果なのである。』

そして、『シリウス革命』には、
『愛』よりも『知識』が上の次元であることが、
更に詳しく論理的に説明されています。

これで、『神との対話3』の中に『知識の重要性』が強調されて
書かれていたことの理由がよく分かると思います。

我々は、実際に、情緒的な愛がいかに無力であるかということを
経験を通して知っているはずです。

しかし、神の知性を得ることによって、
『愛が力をもつのです』。
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>この場合の『知識』とは、具体的にどんなものなのでしょうか。
>前におっしゃっていた「ミクロの中にマクロがある」ということを含む
>「宇宙の法則」みたいなことを知ることなのでしょうか?

そうとも言えます。
そして、全ての二元性を統合するために必要な『知識』とも言えます。
オコツトは、全てを統合する智慧と力は『観察精神』によって
もたらされると言っています。
これは、『神との対話3』の内容と共通するものだと思います。

>そして『知識』は『愛』のひとつ上の8番目の次元ということなのですか?

これに関しては、まだ明確な答えが出ていません。
おそらく、本の後半の部分に出てくると思うので、
しばらく待っていてください。

また、あしたから10日程時間的余裕ができるので、
オコツトからの情報を、トランス・パーソナル心理学や
その他の理論と統合させたいと思っています。

『知性が持つ本等の働きとは、一見全く関連がないかのように見える
出来事のあいだに共通の法則なり、秩序を見い出し、それらを統合する
概念を創出する事にある。』(シリウス革命 p.30)

『観察精神とは、万物の多様性をすべて一つに統合した偉大な知性
 のことである。』(シリウス革命 p.34)
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『思考によって認識を変え、認識を変えることによって今度は感覚を変える。
 そして、感覚の変化はあなたがたの感情さえも凌駕し、
 人間の意識全体を全く別のものへと変容させていくのです。 
 意識進化とはそういうものです。(オコツト)』

そして、『神との対話』にも、同様なことが書かれてあります。

『知ること、体験すること、何者かで在ることの順に発達し、進化する。』
(神との対話より)(p.48)

つまり、『思考によって認識を変える』とは、新しく『知ること』であり、
『認識を変えることによって感覚を変える』とは『体験すること』。
そして、『別のものへと変容させていく』とは、
進化した『何者かで在ること』を意味するようです。

また、バシャールも同様のことを言っています。

『観念というのは、ちょうど現実の青写真のようなものです。
 そして、感情が青写真を活性化し、思考パターンが、
 その設計図に従って、現実に実現化します。
 ですから、観念が一番最初の概念です。(バシャール)』

つまり、最初に『観念』=『知識』=『認識(知ること)』があり、
次に、『感覚と感情』=『体験』、そして最後に
『現実化』=『別なものへの変容』=『進化した何者かであること』

という順番に意識が進化するということです。

『知識(観念)』→『体験(感情)』→『現実化』の順番です。
一番最初に、『知識(観念)』がくるのです。

そして、半田広宣氏とバシャールは、次のように言っています。

『この理論は外部から客観的に見てても何にもならない。 
 なんてったて意識の理論だから、
 理論の中に僕ら自身が入らなくてはいけないんだ。
 そうすれば、自分のネガティブな感情や思念は
 容易にコントロールできるようになる。 
 でも、最初はどうしても思考が追いついていかないから、
 途中で投げ出す人も多いかもしれないね。そうなると結局は
 信じる信じないってレベルに逆戻りしてしまうんだ。(半田広宣)』

『クリアな思考パターン、そしてクリアな理性は質のよい材料と同じです。
 混乱している思考パターンは、重いものを支えられない弱い材料です。
 そして全ては観念から始まります。(バシャール)』
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>うーん、(なんてったて 意識の理論だから、
>理論の中に僕ら自身が入らなくてはいけないんだ。)とは
>具体的にはどういうことなのでしょうか?

これに関しては、今後段階的に説明していきますが、
取り敢えず、簡単な説明をしておきます。

まず、『意識の理論だから』というのは、今までの物理学などと違って、
意識の存在を理論に取り入れているということです。

それから、『理論の中に僕ら自身が入らなくてはいけないんだ』というのは、
『シリウス革命』を読んでもらえれば分かると思いますが、
実際に理論を感覚的に体験することができるということです。

そして、『自分のネガティブな感情や思念は容易にコントロールできる
ようになる。』というのは、感情を創り出している上次元の意識を
幾何学的に把握して、コントロールすることが可能になるということです。

P.S. 『陽子』はレベル7で、その上のレベル8は『中性子』
   だそうです。そして、この『中性子』の働きに関しては、
   次回報告します。
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オコツトは、『幾何学』を重要視していますが、
今回は、『なぜ、オコツトが幾何学を重要視するか?』
に付いての解説をします。

★ 次元の3重構造 ★

宇宙の次元を大きく三つに分けると、
『物質次元』『精神次元』『イデア次元』の三つに分けられます。

『物質次元』は『精神次元』の影のようなものであり、
『精神次元』は『イデア次元』の影のようなものです。
つまり、『イデア』が最も高次元に位置するのです。

『イデア』とは、プラトン哲学の中心的概念でもありますが、
広辞苑には、次のように定義されています。

『感覚的世界の個々の原理・原型として理性的認識の対象となる
 とともに、超感覚的価値として価値判断の基準となる、
 永遠不変の実在。そして、観念または理念。』

イデアの定義が分かれば、私が以前紹介したバシャールからの
下記のメッセージの意味も良く分かると思います。

『観念というのは、ちょうど現実の青写真のようなものです。
 そして、感情が青写真を活性化し、思考パターンが、
 その設計図に従って、現実に実現化します。
 ですから、観念が一番最初の概念です。(バシャール)』

つまり、バシャールは、『観念(イデア)』の重要性を説いていたのです。
そして、『イデア界』は、『幾何学の世界』でもあります。

『イデア界』には、様々な高次元図形的観念が存在しており、
その高次元幾何学が意識を創り出しているのです。

また、オコツトは『愛をカタチにする』ことの重要性を説いていますが、
『愛をカタチにする』とは、文字通り、愛という意識を高次元幾何学的に
認識することであり、実際に、愛のカタチを認識することが可能なのです。
(イデアには『姿・形』という意味もあります。)

愛は、カタチを持つことによって、
神の理性による力を得ることができるのです。 
これは、揺るぎのない確信に満ちた強靭な愛です。
というわけで、次回からは『幾何学的な話』をしていきます。【^^】

それから、中性子の話は、もう少し待っていてください。
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『シリウス革命』の前書きにある
半田広宣氏のメッセージの一部を紹介します。

『読者の皆さんは、本書を読み進んでいくうちに、
 かつて経験したことのない高次元宇宙の中にいる自分に
 気づかれることでしょう。(中略) 
 今までの人類の知が経験したことのない
 全く新しい世界観が目の前に広がってくるはずです。
 それらのビジョンが立ち上がってきた時には、
 そのあまりのスケールの壮大さと美しさに、
 言い知れぬ感動を覚えられる方も出てくるでしょう。』
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>えーと。。。
>『観念(イデア)』には「愛」の他にどのようなものが含まれるのでしょうか?

存在する全てです。

つまり、『イデア界』にない概念は、この世に存在できないのです。

>愛の形って何でしょう。解説が楽しみ。(^。^)
>はーい。これを理解するとミステリーサークルの謎も解けるのかしら?

ところで、『幾何学講座1』は、gifファイルを多用したので、
下記のURLに掲載しました。

『幾何学講座1』
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/7411/geometry/geometry1.htm

転載終了

img237.jpg

少し長くなったので、
携帯からの読者も少なくないようなので、
続きは次回の記事に回すことにする。


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posted by ZERO at 23:11| Comment(0) | 精神世界・心理学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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